第46話 イルミネーションがはじまる前に
母に教えて貰って自分で髪を整え、父と選んだ白のハイネックにダークグレーのコートを羽織り、最後に菖蒲に手伝ってもらった、少々早いクリスマスプレゼントをゆったりとした黒色の鞄に大事にしまう。
準備を終えた悠は、気を引き締めて家を出た。
マンションの前に着いたら、紗奈に着いたという旨を伝える。紗奈からの返事はすぐに届いて、数分も待つことなく下に降りてきてくれた。
「お待たせ!」
今日はポニーテールのようだ。赤いリボンが可愛らしい。暖かそうなモコモコの上着を着て、赤いマフラーを巻いている。下は黒のフリルスカートに黒いタイツを履いている。夜になるという事で、防寒対策はバッチリである。
「待ってないよ。行こうか」
「うん」
「髪、会う度に違うよね。ポニテも似合ってる」
「あ、ありがとう……」
ポッと頬を染めて、紗奈は悠の隣を歩き出した。
内心ドキドキしていて緊張もある悠だが、それがバレないように自然に振る舞っている。元子役の演技力は、当然のように高い。
紗奈は演技に完全に騙され、悠の余裕とも取れる微笑みにドギマギしていた。
「夜ご飯は家で食べる? 時間決めてなかったよな」
「悠くんに任せるよ。ご飯はいらないって言ってあるから」
「そうなの?」
「もしも悠くんと食べなくても、ほしのねこで食べるねって」
ハンカチを渡したあのカフェのことだ。紗奈の家からも近所で、随分とお気に入りらしい。
「そしたらそこで食べる? それか、公園の中の出店で済ませてもいいし」
この時期なら、ホットドッグやハンバーグなど、手で食べられるものが結構出ている。
「出店もいいね。外で二人で食べるの、楽しそう」
「ふふ。着いてから考えようか」
「うん!」
目的地の公園は人で溢れかえっている。特に近くに見える観覧車や駅付近には人が沢山いて、はぐれないかが心配になった。
「人、いっぱいいるね」
「イルミネーションイベントがやってるからなあ」
まだ三時頃なので、ライトアップはまだしていなかった。しかし、友達同士で来た女子高生だったり、大学生のカップルだったり。クラスメイトを集めてきたのか男女の集団だったりが場所取りに勤しんでいる。
「まだ時間あるのに凄い熱気だな」
「大丈夫? 人混みとか……」
「え? ああ……。あんまり得意では無いけど、全然。北川さんと一緒だし」
悠はそう言って笑ってくれるが、首筋に汗をかいているのが、ハイネックの隙間からチラリと見えている。
紗奈は人があまりいない、会場から少し離れた海のそばに悠を連れてくると、そのまま階段に座ってもらった。
「ここからじゃイルミネーション見れないんじゃない?」
「大丈夫。私もね、悠くんと一緒だったらそれだけで楽しいんだ。それに、全く見えないわけじゃないもん」
と言って、紗奈はニッコリと笑ってくれる。嘘には見えなかったが、悠は菖蒲から紗奈が楽しみにしていたことを聞いているので、遠慮しているのだろう。と思った。
「ごめん……」
「どうして? 今日、悠くんが誘ってくれただけですっごく嬉しい」
紗奈は悠の隣にストンと座り、恥ずかしそうにはにかんだ。その顔を見れば、すぐに本心だと分かる。
紗奈も悠も、胸はドキドキとお互いに届きそうなほど騒がしくなっていた。
「夜になったら、少しでも見に行こうよ」
「無理しなくてもいいんだよ? 本当に楽しいんだから」
「俺が、君と一緒に見たいから」
ふわっと笑う悠は、やっぱり素敵だ。
ずるい。と何度目か分からない言葉が思い浮かんで、紗奈は小さく唇を尖らせる。
「……北川さんってさ」
紗奈の表情の変化を見ていた悠が、少し言いにくそうに口を開く。
「北川さんって……俺の顔、その…会った時から知ってたり、したの?」
「え? ううん。会った時ってぶつかっちゃった時だよね? 知らないよ。お名前も菖蒲くんに聞くまで知らなかったんだもん……」
「じゃあ、いつから……。なんであの時、すぐに気づいたの」
たまたまショッピングモールで遭遇したあの時。初めて見るはずの自分の顔を見て、紗奈はすぐに名前を呼んでくれた。しかし、紗奈にとっては初めて見る顔じゃ無かったのだから、気づいて当然だった。
悠は顔を隠している理由も教えてくれなかったくらいだ。何か聞かれたくない事情があって、注目されるのも嫌っている。
紗奈は申し訳ない気持ちになって、しゅんと俯いた。
「猫を助けてもらった時に、チラッと……。それで、悠くんのことすぐに気がついたの」
「そう」
結構前からだったんだな。と悠は思った。優しくしてくれたのは、やっぱりこの顔を知っていたからなのだろうか。つい、そんなネガティブなことを考えてしまう。
「でも、悠くんは顔を隠してるし、目立つのも嫌いって言うから……。言わない方がいいのかなって」
紗奈はやはりしゅんと俯いたまま、そう言った。
「ありがとう。気遣ってくれて」
俯いている紗奈が顔を上げてくれるように、悠は軽く覗き込んで微笑む。すると案の定、紗奈はパッと顔を上げて悠を見つめ返した。
「ううん! 悠くんの方が、最初から優しくしてくれたもの。ちょこっとぶっきらぼうなところもあるけど……。汚したからってハンカチをくれたり、きっと強引だっただろうに、きちんと話す機会をくれたり。傷つけちゃっても…悠くんの方が謝ってくれたでしょ? 悠くんは誠実なんだなって思う。それに……。女の子だからって、私の事を守ってくれようとしたよね? 頼りになってかっこいいなって……」
言葉を紡ぐ度に紗奈は頬を染めていき、今は両手で頬を押さえている。悠にも紗奈の言葉はどんどん胸に染みていって、暖かい気持ちにしてくれた。
「えへへ。ちょっと恥ずかしいね……こういうの」
「…ごめん。言わせて」
二人は苦笑すると、悠が本題に入るかどうか迷う。ここで変な事を言ってしまったら、紗奈が楽しみにしていたイルミネーションも楽しめないだろう。
そう思ったら、言えなかった……。