第44話 どうしても声が聞きたくなったから
何日か日が経つと、また噂話は段々と風化されていく。未だに気にする者はいるが、誰も口にはしなくなっていた。
『おさまってきて良かった。ごめんね。迷惑かけて』
チャットアプリでメッセージを送るのも、実は久しぶりだった。噂になったのが十一月の中旬頃で、今は十二月の上旬だ。紗奈が恐る恐る送ったチャットの返事は、すぐに返ってくる。
『こちらこそごめん。見られてるとは思わなかった』
『悠くんのせいじゃないよ』
『もう俺と出かけるの、嫌になった?』
そんな返事が返ってくる。紗奈は急いで返事を打ち込んだ。
『そんなわけない!』
次の返事は、暫く待ったあとに返ってくる。不安になりかけていた時なので、返事が来てほっとした。
『白鳥くんから、港の公園のイルミネーションが好きって聞いたんだけど』
『うん。好き』
『一緒に見に行かない?』
「ええっ!?」
思わず声が出た。嬉しくて、ドキドキして、嘘じゃないかと何度もその文面を見返す。
「え、えぇ……」
ずっとソワソワしてしまう。本当の本当に悠が送ってくれたメッセージなのだろうか。
文章だけじゃ我慢できなくて、紗奈は気がついたら電話をかけていた。コールして何秒か経った後、やっと電話に出てもらえて紗奈はドキリとする。
「もしもし……。なんで電話なの」
「電話、嫌だった?」
「…いや、別にいいけど。驚いたから」
「ごめんなさい」
「別にいいって。それで、さ。返事を聞きたいんですけど」
悠の声は明らかに照れを含んでいた。紗奈は悠のそんな声を聞いて、更にドキドキと胸を高鳴らせる。
「行きたいっ……。悠くんと、イルミネーション見たいですっ!」
きっと、声は震えていた。ドキドキと鳴り止まない心臓の音が、電話越しに聞こえてしまったらどうしよう。と紗奈は心配になる。
返事が怖くて、手元まで震えてきた頃に…悠の声が耳元で聞こえてドキッとする。
「終業式の日でもいい?」
「う、うん……!」
「着替えてから、マンションまで迎えに行くよ」
「いいの?」
「うん。あと……」
悠の声も、微かに震えている。それがわかって、紗奈は急かさないように、悠の言葉をじっと待つ。
「声が聞けて嬉しかった……」
「え?」
「じゃあ、またね」
照れているような、泣いているような……。そんな声が聞こえて、通話は途切れる。
本当に嬉しそうな声。それが紗奈にも伝わって、顔が沸騰してしまうのではないかというくらいに熱くなってしまった。
「服……どうしようかな」
紗奈が好むような服も、悠は子どもっぽいとは言わずに可愛いと言ってくれた。紗奈はクローゼットを開いて、服を何着か取り出す。
(悠くんから誘ってくれたのって、どういう意味なんだろ? 期待しちゃいそう……!)
取り出した服をギュッと抱きしめて、紗奈は鳴り止まない自分の心臓の音を耳で拾う。
「……好き」
そう言葉にすると、紗奈の心臓は少しだけ落ち着きを取り戻した。
机の脇に置いてある鞄の…兎のキーホルダーを見つめると、紗奈はまたギュッと持っていた服を抱きしめる。
(クリスマスも近いし、何かプレゼントを用意しよう。できたら……気持ちも伝えたいなあ)
もしも悠に「好き」だと気持ちを伝えたら、どんな反応をするだろうか。紗奈はそれを考える。
動物園の時、悠が紗奈と一緒なら楽しいと言ってくれたのを思い出した。
(やっぱり悠くんは優しくて素敵な人……。お付き合い出来たら嬉しいなあ……)
悠の優しい表情を思い浮かべながら、紗奈は着ていく服と、プレゼントに渡す物を何にしようか考えた。