【閑話】親友同士の苦い話
その日の夜は、真人が久々に白鳥家にやって来た。傍らには義人を連れている。
「茉莉はそっちに行った?」
「うん。ったく、急に女子会とかずるいよなあ」
「いいじゃん。こっちも男子会しようぜ。なんなら、拓真とか呼ぶ?」
真人達の学生時代の同級生の名前だ。今でも仲が良くて、休みの日に飲みに行ったりする仲である。
「呼ばない。今日月曜だぞ?」
「それもそっか」
菖蒲の父である幸雄は、自身の妻である茉莉が作り置いてくれたつまみを真人にも分けて、軽くビールを煽っている。飲んでいるのは、真人がマンションのすぐ隣の薬局で買ってきた缶ビールだ。
「あんまり飲むなよ? 明日二日酔いでパソコンいじることになるぞ?」
「それは困るー。でも飲んじゃう」
「おい、親父。つまみ無くなっても、俺作んねえぞ」
「え! それも困るー」
白鳥家の料理担当は茉莉と、時々菖蒲だ。幸雄は全く料理が出来ないので、その二人が料理をしてくれる。
「そんだけあるんだから大丈夫だろ」
「えー!」
「えーじゃねえよ。幸雄。子どもに面倒かけるな」
真人にも怒られたので、幸雄はしゅんとして、ちびちびお酒を飲むことにした。
「……なあ。親父」
菖蒲は、今日の昼に悠と話した事を思い出して、幸雄に改めて声をかける。
「んー?」
「あのさー……。ラキって知ってる?」
「知ってるよ。何? 誰から聞いたの? 仲良くないって言ってなかった?」
幸雄の言葉に驚いて、菖蒲は憤る。
「知ってて言わなかったのかよ!」
「そりゃそうでしょ。お前言ってたじゃん? 小澤は目立つのが嫌いらしいーってさ」
「そりゃ言ったけど」
「そんで、何が聞きたいの?」
幸雄はつまみを口に入れつつ、軽い口調で菖蒲に続きを促した。
「……過去、何があったんかなーって。あいつが主役の映画でさ、最後の撮影日は死ぬかと思ったって言ってて」
悠の表情を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
菖蒲はチラッと幸雄の顔を見ると、目を見開いた。何だか真剣な表情だったからだ。
「それを聞いてお前はどうする?」
「言っておくけど、娘に変なこと吹き込んだら、親友の子どもでも許さないからね」
真人の口調は軽いし、笑顔なので一件冗談めかした脅しにも思えるのだが……。
菖蒲は知っている。真人は笑顔の裏で怖いことを考えている時があるのだ。だから真人の笑顔は時々怖い。菖蒲はビクッと肩を震わせる。
「なんも……。ただ、もっと紗奈と話せって言っちゃったから、無責任なこと言ってたらどうしようかと思っただけで……」
「ああ。そうだね。会話は必要だと、俺も思うよ。紗奈は良くも悪くも純粋だから」
真人はそう言って、怯えている菖蒲の頭を軽く撫でてやる。
その後も結局、菖蒲は何も教えて貰えなかった。「もう寝ろ」と幸雄に言われたので、「飲みすぎるなよ」とだけ言って部屋に戻ったのだ。
。。。
「知りたがってたのに、教えてやらなかったの?」
菖蒲が部屋に戻って暫く経ってから、真人は聞いた。
「親友のトラウマには俺も覚えがあるからなあ」
「ごめん……」
見に覚えがある真人は、苦い顔で呟くように言う。
「母娘ってそんな変なとこも似るのかねえ」
「悪かったな。トラウマ持ちの面倒臭い相手で」
今度は拗ねるように、真人は幸雄のつまみに手を出した。幸雄が「あーっ!」と大きな声を上げた時には、既に口の中である。
「酷い」
「毎日食べてるんだからいいだろ」
「そうだけどそうじゃない。全く……。もっと俺にも優しくなってよ」
「大事にしてきたよ。今も昔も……」
「素直になられると逆にやりにくいな」
お酒のせいなのか、真人のせいなのか、幸雄の顔はほんのりと赤かった。
「死ぬかと思った……か」
ふと呟いた真人の言葉に、幸雄も目を伏せる。
「子どもってやること残酷だよな」
泡が無くなったビールの表面に映る自分の顔を見て、幸雄はそう呟いた。他人事ではあるが、悲しげな表情の自分が映って、なんだか胸が締め付けられる思いがした。
「苦ぇ」
こんなにビールを苦く感じたのも、久しぶりだった。
※今日は21時にもう一話更新致します。