第43話 ラキ
※今回、少しだけトラウマによる発作の場面があります。前ほどの描写はありませんが、苦手な方はご注意ください。
悠が苦しそうに俯くから、悠の紗奈への気持ちは菖蒲にも充分伝わった。
「告ればいいじゃん」
「……簡単に言わないでくれる」
もしも付き合えたとして、急に悠に自信がつく訳でもない。目立つことが嫌いだということに変わりは無いので、紗奈の恋人というポジションがプレッシャーにも感じる。
「と言うか、君はいいの?」
悠の声は震えていた。自分でも酷い声が出たと思う。
「……何が?」
「白鳥くんって俺の事が嫌いなんだと思ってたけど。幼なじみを取ってもいいの?」
「そんなの、紗奈が決める事だし。俺は別にお前が嫌いな訳じゃない」
菖蒲はそう言うと、視線を逸らして更に続けた。
「大人しくて、何考えてるかわからないから苦手だっただけで…紗奈からよく聞くお前は良い奴って言うか……。だから、嫌いってわけじゃねえよ」
「……そう」
緊張していたらしい悠の声が、何となく和らいだ気がする。菖蒲は少々照れくさくなって、「おう」と小さな声で呟いてから、誤魔化すようにあさっての方向を見つめた。
「……俺さ、きっと付き合えたとしても隠したがるよ」
「ん……?」
「弱いまま変われないし、自信もない。思ってたのと違ったって幻滅されるかもな」
悲しげにそう呟くので、菖蒲は思わず眉を寄せてしまう。
「お前って、超ヘタレ」
「わかってるよ。そんなの」
言われなくても、自分がよく知っている。悠は一層悲しくなって、膝を曲げ蹲る。
「つーか、紗奈の事なんもわかってねえ。好きな癖に、なんも知らねえのな」
「そんな、会ってから二ヶ月そこらでなんでも分かり合えると思う? 幼なじみの君と一緒にしないで」
菖蒲の言葉に多少の苛立ちを覚える。そもそも幼なじみという立場にヤキモチを妬いているので、悠の声は少しだけ刺々しい。
「じゃあ、話せよ。紗奈と話して、もっとよく知れよ。そしたら、今お前がヘタレてること自体バカバカしく思えてくるぜ」
と自信たっぷりに菖蒲は言い切った。しかし、それでも悠は疑心の目を向けている。
「は、はあ……」
「そうだ。いいこと教えてやるよ。あいつ、港のでかい公園のイルミネーションが好きなんだよ」
「え?」
「誘ってやれよ。来月のクリスマスにでも」
「クリスマスって……!」
本格的にデートじゃないか。と悠は驚くが、今更だった。昨日二人で行った動物園も、立派なデートだった。それを思い出す。
「好き同士なんだからいいだろ。別にクリスマスにデートしたってさ」
「……」
悠が無言で俯いているので、菖蒲はつい、ため息を零してしまう。
「本当、なんでそんな自信ないわけ? そんなモテる要素しかない顔しといてさー……。分けて欲しいくらいだっての」
呆れた顔で菖蒲がそう言うと、悠はまたポツリと小声で言う。そして、その声は今までで一番震えていた。
「白鳥くんは……ラキって知ってる?」
「は?」
「もう辞めた……子役の」
「ああ。俺らと同い歳の……。確か俳優の息子で、一番有名なのは学校ものの映画で、主役やってた……」
そこまで言ってから、菖蒲はあることに気がついた。
菖蒲はバッと悠の髪を上げると、その表情がどこか虚ろなことに胸を傷める。
なんだか息が上がっていて、苦しげで……。唇が酷く震えている。菖蒲はゴクリと息を飲んで、悠を見つめた。
「ラキって…まさか……」
ラキが俳優の息子なのは菖蒲でも知っていた。しかし、その俳優というのが小澤将司であることは、今まで知らなかったのだ。
「俺だよ。子役を辞めてからは、ずっと顔を隠してきた。辞めた理由が理由だから……」
「なんで……?めちゃくちゃ人気だったじゃん」
「どうせ、顔だけだろ。誰も俺の事なんか見てなかった。あの学校での映画撮影は、俺にとって地獄みたいなものだったんだ!」
悠の綺麗な顔が痛々しく歪むので、菖蒲は手を離した。パサっと、悠の泣きそうで痛々しげな表情が、前髪で覆い隠される。
「スタッフは優しかったよ……。でもその優しさは、俺の父親に取り入ろうとしたもので、薄っぺらい笑みも、言葉も正直全部が気持ちが悪かった。み、みんな俺より演技下手なんだもん……。あんなのすぐ分かるに、決まってんじゃん…………」
悠の独白にも似た、捲し立てるような言葉の数々に、菖蒲はドキリとした。今、彼に何を言ったとしても届くことは無いのだろう。
「他の子役はただ残酷だった。俺に取り入ろうとする子もいたけど、大半は妬みによる嫌がらせをしてきたし。最後の撮影日なんかは……死ぬかと思ったくらいだよ」
「え……」
悠はついに頭を抱える。先程から呼吸も乱れていたのだが、今はもっと酷い。悠の息遣いが菖蒲の耳に響くように聞こえて、こびりついてくる。
菖蒲が背中を何度かさすってやると、少しずつだが悠の呼吸の乱れは小さくなっていく。
それでも、冬も間近だと言うのに悠の額や首筋には汗が滲んだままで、身体は微かに震えていた。唇も、ガチガチと震えたままだった。
「他人からの視線は怖い。他人を信じるのも怖い。北川さんが優しくしてくれたのは嬉しかったけど…それも、ただ優しいだけだったらどうしよう……。俺を好きでいてくれるのが、俺の顔が好きって、ただそれだけだったらどうしようって思って……。そんなのは嫌なんだ……」
「紗奈はそんな奴じゃ……」
「本当に? だって、彼女は面食いなんだろ……?」
クラスメイトの男子がそう噂していたのを聞いている。紗奈本人がそれを指摘されて、肯定したのも知っている。
悠は顔を上げて、菖蒲をジッと見つめた。瞳は前髪に隠されて見えないが、菖蒲は悠が泣いているかもしれない。と思って、目を逸らしたくなる。
「それはそうだけど……」
「俺も、北川さんはそんな人じゃないと思ってる。と言うか、思いたいんだ……。それでも、自信がない」
やはり、悠の声は涙声になっていて、菖蒲はグッと悔しそうに唇を噛む。
「やっぱり、もっと話すべきだよ」
そう呟いた声が、彼に届いているのかいないのか、菖蒲には分からなかった。