第42話 校舎裏にて
動物園デートの次の日。悠のクラスでも紗奈のクラスでも、同じ話題にみんなが夢中になっていた。
「ねえ、紗奈ちゃんって彼氏いたのー!?」
紗奈が席に着いた途端、お喋りと恋バナが好きな女子生徒が、キラキラと期待に満ちた目で声をかけてきた。
「かっこいい男の子と歩いてるの、見た人がいるって言ってたよ?」
昨日、悠と二人で歩いていたのが見られていたらしい。
「この学校にあんな人いないよね? どこ中の人? まさか高校生っ!?」
他にも数人、恋バナ好きな女子達が集まって来て、紗奈は困ってしまう。
「かっこいいって、父親かなんかと見間違えたんじゃねーの? いつも自慢してるじゃん。うちのお父さんかっこいいのーって!」
「ははっ。父親を恋人と間違うとかやべーって!」
男子達は逆に、紗奈に恋人がいるとは認めたくないらしい。あの手この手で否定してくる。
「ちょっと……」
そしていつの間にか、女子と男子が言い合いを初めてしまった。
「……もう! みんなうるさい!」
紗奈はバッと立ち上がると、大声でみんなを制してぷくっと頬を膨らませる。
「別に彼氏じゃないよ。仲良しの人と遊びに行くくらいいいでしょ」
紗奈が拗ねるので、女子達は謝り、男子達は面白くなさそうに解散していった。
。。。
昼休み。給食を食べ終えてすぐに、悠は菖蒲に連れられて校舎裏にやってくる。
「なんでここ」
「お前が目立つの嫌いって言うから」
「まあ、確かに人はいないけどさ」
悠のクラスでもかなり噂をされていた。紗奈は可愛いし、人気があることは分かっていたが、ここまでだとは思わなかった。悠は困った顔で菖蒲とどう向き合おうか悩む。
「えと、昨日デートしたってのは、紗奈から聞いてたから。悪いけど。」
「ああ、うん。別にいいけど」
「俺は誰かに言いふらしたりはしてねえから。あれがお前の事だって誰も知らないはずだ」
「疑ってないし。君は北川さんの嫌がることはしないだろ」
悠はストンと柱のヘリの、出っ張っている部分に座った。
「と言うか、北川さん人気ありすぎ」
「はあっ」と大袈裟なため息をついて、悠は困った顔で頭をかいた。
「まあ……。小さい頃から色んな人に可愛がられてたし。俺も贔屓目なしにあいつは可愛いと思うし」
「あの人の父親かっこよかったもんなあ」
「母親も超美人だ。大学のミスコングランプリで優勝したらしい」
菖蒲の母親と由美は親友同士だったので、菖蒲も紗奈も、両親の昔話をよく聞かされている。
悠も、一度由美を見かけているので納得だった。あれはミスコンでも余裕でグランプリを取れる顔立ちだ。
「まさか見られてるとは思わなかった」
悠はチラッと菖蒲を見ると、肩を竦めた。
「白鳥くんは最初から知ってたの? 俺の顔」
「いや、全く……。紗奈はお前が目立つの嫌いだから、必要以上に色々お喋りしたりしないよ」
「そう……。じゃあ、俺が俳優の息子だって事も聞いてないんだ」
「おう…おう? え? マジでお前って、小澤将司の息子なのかっ!?」
「知ってるじゃないか」
前髪で見えないが、何となく雰囲気で、今の悠の目はジト目なのだろう。と察する。
「いや。知ってたんじゃなくて、お前の好きな作家の夫がその人って知って……。同じ苗字じゃんって」
「ああ。まあ、少し調べればわかるか」
悠はそう言うと、サッと軽く前髪を上げてみる。
「そんなにいいもんかな? これ」
「うっわ腹立つほどイケメンだな。お前……」
初めて見えた悠の瞳。元々鼻や口元は整っていると思っていたので、そのパーツが顔全体に綺麗に収まっているのを見ると、平凡な顔立ちをしている菖蒲はつい、尻込みしてしまう。
「嫌なんだけど」
自覚はあってもあまり言われたくは無い言葉だ。悠はふいっと目を逸らして、上げていた髪を元に戻す。
「なんで見せないの? 目立つから?」
「そうだね。目立つからかな」
「ふうん。変わってるな」
「そう? 北川さんだって、あんな目立ち方は嫌だと思うけど」
「そりゃあ、嫌がるだろうけどもさ。最初からお前だって分かってたら、あそこまで騒がなかったと思うぞ。美男美女な訳だし。付き合ってて納得…みたいな」
菖蒲の言葉に俯いて、悠は呟くように言う。
「付き合ってない」
「え? 小澤って紗奈の事好きなんじゃねえの?」
「……告ってないし、告られてもいない」
「その様子だと気づいてるだろ」
「それでも、まだ何も伝えてないんだよ」
悠も紗奈が好きだし、紗奈も悠の事が好きだ。
悠自身、そのことにはとっくに気がついている。出会って二ヶ月程しか経っていないが、もうずっと前から好きだったかのように離し難いとも、悠は思っている。