第41話 ずるい人
迷子センターを出た後も、紗奈は悠に肩を支えられたままである。周りの大人たちが微笑ましげに見てくるので、紗奈は少し照れくさかった。
「あのっ…悠くん……」
「ごめん。肩」
悠がパッと手を離すと、紗奈はちょこっとだけ残念そうな顔をする。それが可愛いから、悠は緩みそうな表情をグッと抑え込んだ。
「あの、さっきの、私と一緒だと……って」
「え? ああ、うん。嘘じゃないよ。もしかして、俺に迷惑かけた…とか思ってた?」
「う、うん。ちょっとだけ……」
しゅんとする紗奈に対して小さく笑みを浮かべると、悠は続けた。
「本当に……君と一緒なら、ああいうのも楽しいと思えるよ」
悠の微笑みは破壊力が高く、紗奈はカーッと一気に赤くなって、頬に手を当てる。顔が熱いのが自分で触れてわかるので、余計に恥ずかしかった。
「ずるいよ。そんな顔するなんて」
「顔……。なんかごめん」
自覚はある。美人の類に入るであろう母親と、元俳優で、その俳優時代にはイケメンだと言われて人気があった父親。その二人の息子なのだから、自分の容姿が他人よりも整っていることは理解していた。だから目立つ容姿を隠してもいるのだ。
「私も……。悠くんと一緒にいると楽しいよ」
可愛らしく上目遣いをされてしまったので、今度は悠の顔が熱くなる番だった。こういう時に、顔が見えているのって不便だな。と思う。
。。。
あの後、一周ぐるっと周って帰ってきた時には、二人とも赤みは引いていて、目いっぱい動物たちを堪能した清々しい顔をしていた。
帰りの電車は行きよりも幾分か空いていて、二人並んで座ることが出来た。
「久しぶりに来たけど、楽しかった」
「そうだね。お土産も沢山買ったし」
「そう言えば、色んなお土産買ってたよね」
紗奈がそう聞くと、悠は「あー……」と言いにくそうに言葉を濁して、最後には呆れた様子を見せた。
「母親からのリクエスト。あの人、何でもネタになるからって集めたがる癖があるんだ」
例えばクッキーやチョコレートなら味の表現や舌触りを自分で研究してネタにする。タオルや雑貨は質感だったり、飾った時の雰囲気だったりをネタにする。ノートとペンだけは実用するので、ネタでは無いのだが。
「お仕事熱心だね」
「父さんも父さんで、俳優時代は何でも自分で体験しなきゃ気が済まなかったし、今だって感覚を曲にするのに何かと自分で行動するし。ネタ集めに熱心な両親だよ」
「へえ。そういうの、何だか楽しそうでいいね」
「父さんはそうだね。いつも新しいことしてる。家にいない日も多いよ。逆に母さんの方は度々部屋に引きこもってて、いつも家にいるのに見かけない。なんて日も多いんだよね。基本はリビングにいるから、今日も帰ったら、ネタが帰ってきた。なんてはしゃぐんだろうな」
息子をネタ扱いするんだ。と、悠は肩をすくめる。
「悠くんがモデルのお話とかもあるの?」
「……俺だけじゃなく、多分北川さんも」
「え?」
「最近、北川さんのことよく聞かれるし。ごめんね」
悠は謝るが、紗奈からしたら素敵な作品を書く作家が自分のことを書いてくれる。なんて嬉しくてたまらない。確かに少し恥ずかしい気持ちにもなるが、それ以上にわくわくする。
「いいよ。私のことかなーって思いながら読むのも楽しそう」
「恥ずかしくないの?」
「ちょこっと恥ずかしい」
「多分、恋愛ものだけど」
「え?」
「…………」
「…………」
また二人して真っ赤になってしまい、沈黙が訪れる。
電車を降りると、悠が紗奈を「送る」と言ってくれた。二人で並んで歩いている間も、二人は少々照れくさくて会話は少なかったのだが、充分楽しいと思えた。きっと、お互いを想っているからだろう。
マンションの前まで来ると、去り際に紗奈が小さな声でこう聞いた。
「今日のデートも…お話になるのかな?」
「え。多分根掘り葉掘り聞いてくると思う、けど」
「…そしたらね、お母さんに……」
紗奈は悠に何かを耳打ちすると、真っ赤になった顔で「またね」と呟いて、小走りでマンションの中へと消えて行ってしまった。
「は……っ?」
悠は耳に残る紗奈の感覚に悶えつつ、何とか真っ直ぐ家に帰り玄関を閉じてから、その場でしゃがみ込んだ。
(ずるいのはどっちだ……!)
ぶわっと熱くなった顔に、もう何分も前だと言うのに未だに耳に残る紗奈の感覚。最後に見た赤い顔は、何度思ったか分からないけど可愛かった。その上……。
『帰りたくないなって思うくらい、悠くんとのデートは素敵でした』なんて言うものだから、悠の心臓はずっと鼓動が早いまま止まらない。
「はあぁぁ…………」
両親が玄関先に出てきても、悠は暫くその場で動くことが出来ないのだった。
「カクヨム」さんの方で連載しているものに追いつきましたので、明日からは毎日夕方6時頃に投稿致します。