第40話 一緒なら
放送をして貰ってから数分、少年はまだ紗奈の服を掴んだまま眠っている。
「見つかるといいね」
少年の頭を優しく撫でている紗奈を見つめて、悠はそう言った。
その直後、放送を聞きつけて来た若い女性と、紗奈たちと同い歳くらいの男の子が迷子センターに走り込んできた。
「優太!」
紗奈に抱き抱えられた少年を見て、女性は声を荒らげる。
「失礼ですが、お名前とお電話番号、住所を控えさせて下さい。身分確認のためにご協力をお願い致します」
「あ……は、はい」
女性が書いている間、紗奈は手を離してくれない少年、優太をどうしようかと考える。困っていたら、目の前で息を切らせている男の子と目が合った。
「あ、あの……。この子……」
紗奈はこの状況をどうしたらいいか相談したくて、声をかけてみる。しかし、男の子は紗奈の整った容姿を見て、上手く言葉が紡げなくなっているようだった。一瞬息が詰まり、苦しそうにしている。
「えっと、あの……?」
紗奈がそんな男の子の様子に戸惑っていると、悠が少し不機嫌そうな声で言った。
「君の弟が服を離さないんだけど」
「あ。はい。起きなそうですか?」
「起こしちゃうの?」
眠ったのは疲れているからだろうに。 少し可哀想になって、紗奈は眉を下げて男の子を見上げた。男の子がデレッと表情を崩すのが気に食わなくて、悠はわざと紗奈の肩に身を寄せる。
「悠くん……?」
紗奈は顔を赤くして悠を見る。拗ねるような顔をしている悠が、男の子なのに何だか可愛く見えてしまう。まさかヤキモチなのだろうか。と邪推したりもして、紗奈は胸を高鳴らせた。
「寝かせたまま離してもらうのは難しい?」
「あ、姉貴なら何とかできるかもしれねえけど」
悠が不機嫌そうなので、男の子はたじろいだ。手続きを終えたお姉さんを、「早く来て」と言って引っ張ってきて、手を離さないことを伝えてくれる。
「あら。そうなの? ちょっと待って」
お姉さんが服を掴む小さな手を撫でると、段々掴む手が緩まっていく。最後に押し込むように手をキュッと曲げた。
「わっ。離れた」
「凄……」
まるで魔法のようだった。二人して尊敬の眼差しで見つめてくるので、お姉さんは少し頬を染めた。困り眉で照れくさそうに笑っている。
「お嬢さんたち、本当にありがとうね。せっかくのデートなのに、邪魔しちゃったでしょ? ごめんなさい」
「あっ…いえ」
「別に……」
悠には許可を貰っていたが、さっき少し不機嫌な顔をしていたのも見ている。本当は無理していたのではないかと勘違いをして、紗奈は気づかれないようにコッソリ気を落とした。
「彼女と一緒なら、ハプニングが起きても楽しいですよ」
「え?」
悠がさっきとは打って変わって、ニッコリと素敵な笑顔を浮かべるものだから、目の前の男の子が何故か惚けた顔をした。お姉さんは流石に弟と同じくらい歳下の子に胸を高鳴らせる…なんてことは無かったが、二人を見て微笑ましげに笑っている。
「それは素敵な関係ね。少し時間を奪ってしまったけど……この後のデート、楽しんで」
「はい」
「この子の面倒を見てくれて本当にありがとうございました」
「…ありがと。さよなら」
紗奈が悠に肩を支えられながら歩き去るのを、お姉さんはずっと微笑ましげに見つめているのだった。