第39話 迷子の子ども
ご飯を食べ終えたので、二人は後片付けをして次の動物を見に行こうと立ち上がる。すると、ふと一人の子どもが目に付いた。
その子どもはきょろきょろと辺りを見回して、不安げに歩いている。つい視線をその子に向けていると、その子どもは誰もいない木の幹にポスっともたれかかって、俯いてしまった。
「迷子か?」
「かなあ……? 声かけてみてもいい?」
目的とズレてしまうので、不快に思わないかと紗奈が聞いてくる。しかし、その心配はただの杞憂だ。悠もその子どもが気になっていたので快く受け入れた。
「もちろん」
「ありがとう!」
紗奈が木陰で寄りかかっている小さな少年に声をかけると、少年はびっくりして紗奈を見上げ、固まってしまう。
「お母さんかお父さんはどこかな?」
「…うっ……うあああっ!」
びゃーっと急に泣き出してしまい、周りから注目される。悠は思わずビクッとしてしまい、子どもに目線を合わせるためにしゃがんだ紗奈の隣に、紗奈と同じように急いでしゃがんだ。
「いい子いい子。泣き止んで」
「うわあああんっ!」
泣き止まない少年を、紗奈は優しく抱きしめてあげる。頭を優しくポンポンと撫でると、紗奈にギューっとしがみついてきた。
「よしよし。お姉ちゃん達と迷子センター行こっか。きっとお父さんとお母さん、見つかるよ」
「き、北川さん。この子重くない? 大丈夫?」
自分が抱っこしようか。と手を差し出してみるも、紗奈は苦笑してふるふると否定する。
「急に抱く人が変わったらびっくりしちゃうと思うから」
「そ、そっか。なら、せめて北川さんの荷物だけでも持つよ」
可愛らしいリボンが付いている革製のリュックだ。紗奈は小脇に抱えていたので、そのリュックを悠が持ち上げた。
「ごめんね」
「これくらいしか出来ないし……」
一人っ子だし、子どもの扱いはわからない。そう付け加えて、悠は泣きじゃくる少年を見つめた。
子どもの扱いに慣れている紗奈に少年は任せて、悠は自分に出来ることをするだけだ。
少年を見つめる悠が優しい表情をしているので、悠は子ども好きなのだろうか。と紗奈は思う。風船を取ってあげていた時も、確かこんな風に優しい表情を浮かべていた。
「えっと、近くの迷子センターは……」
「すぐそこ。少し行った先のペンギンの施設の隣にあるはず」
「ありがとう。ぼうや、もうちょっとだけ辛抱してね」
迷子センターに着く頃には、少年は泣き疲れて寝息を立てていた。
「すみません。この子、迷子みたいなんです」
「かしこまりました。お名前は分かりますでしょうか?」
「いえ……。聞く前に、泣き疲れてしまったので」
「そうですか……。お荷物を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
少年の背中には小さなリュックがある。少年を抱き抱えている紗奈に協力してもらって、悠がリュックを取ると、そのままスタッフのお姉さんに渡した。
「何かこの子の事が書いてある物があるといいのだけど……」
「ありそうですか?」
「うーん……。見つかりませんね。そしたら、この子の服装だけで、一度園内放送をかけてみます。その子もお預かりしますよ」
スタッフの方はそう言ってくれたが、二人は顔を見合せて困った表情を浮かべる。
「どうかなさいましたか?」
という質問に、悠が言いにくそうに答えた。
「実は…彼女の服を握ったまま離さなくて。案外力強く握りしめられているので……」
「無理やり剥がそうとすると、服も手も痛めちゃうので、解決するまでここにいさせて貰ってもいいですか?」
「それはもちろん構いません。それでは、すぐに園内放送をかけますね。椅子をご用意致しますので、座ってお待ちください」
先に急いでパイプ椅子を出してもらって、スタッフの人は園内放送をかけてくれる。
少年の特徴は緑色のTシャツと、薄いブラウンの半ズボンに、白のソックス。それからリュックは恐竜の形をしている緑色のものを身につけていた。口がファスナーになっているらしい、いかにもユニークなデザインだった。