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第38話 動物園を堪能する

 ポニーの毛並みを堪能した後は、羊をもふるためにブース内を移動する。


「ここの羊は角がない品種なんだって」

「そっかあ。シィちゃんには角があるよね。くるって巻いた可愛いの」


 紗奈は自分の手で丸をつくり、頭の両脇で角を表現する。随分とはしゃいでいるらしい紗奈に、悠の表情は緩みっぱなしだ。


「うん。その方がインパクトあるからね」


 悠は羊の毛を触りながらそう言った。ふわふわとしていて、やはり動物園の子なのだな。と思う。手入れがしっかりと行き届いているのだ。


「ふわふわだあっ」

「あのさ、北川さん。しゃがむんならこれ巻いてなよ」

「え?」

「スカート……」


 スパッツを履いているようだが、そのスパッツがチラリと覗いているので、悠は視線を逸らしながら羽織っていたカーディガンを差し出してくる。


 紗奈はそれを受け取ると、おずおずとそれを腰に巻いて、チラッと悠を見つめた。


「よ、汚れちゃうんじゃない?」

「北川さんが人に見られるよりマシでしょ。汚れくらい、洗濯すれば落ちるんだから」

「……ありがとう。なるべく汚さないようにするね」


 悠がスカートを「可愛い」と言っていたから履いてきたが、しゃがみこむならズボンの方が良かったかもしれない。と紗奈は反省する。


 カーディガンを借りたことで、横からチラッとスパッツが覗くことは無くなった。


 ウサギのブースでは、人懐っこいウサギが悠の膝に座り込んでなかなか動けなかった。そろそろ他の動物を見に行こうと思って降ろしても、またすぐに膝の上に乗っかってくるのだ。


「あ、ちょっとまた……」

「いいなあ。気に入られてて……」


 羨ましそうにしている紗奈の膝に乗せてみても、やっぱりすぐに悠の膝の上に戻ってくる。


 紗奈がショックを受けた表情でしゅんと落ち込んでしまったので、悠はつい同情して紗奈の頭に触れてしまった。


「え?」


 無意識的に紗奈の頭を撫でていて、驚かれる。自分でも驚いてしまい、悠は急いで手を離した。


「ご、ごめんっ!」

「あ、謝らなくてもいいのに」

「いやいや、急に触るのは良くないだろ。セクハラだ」


 紗奈としては寧ろ嬉しかった。好きな人が撫でてくれたのだから当然だ。ただ、人前であることが少し恥ずかしかっただけである。


「二人きりならもっと良かったのに……」


 呟きのようなその言葉に反応してしまうと、煩悩に頭を支配されそうだった。


 悠は聞こえないふりをしてウサギを降ろし、すくっと立ち上がる。


「とにかく、急に触って悪かった。そろそろ次に行こう」

「あ、うん。次はどこ?」


 さっさと歩き出してしまった悠を追いかけて、紗奈は隣に並ぶ。


「猿の檻を抜けたらライオンとかクマがいるとこに出るらしい」

「私、クマも好き!」


 と言っても、デフォルメされたクマの事を言っているのだが、ここにいるのはリアルのクマなので、大きくて少し怖い。


。。。


「お昼寝中かな」

「全然動かないね」


 クマのいるエリアまで来たので、二人は観察している。


 ただし、今は大きなヒグマが体をぐてーっと伸ばしているだけで、全く動く気配がない。


「ぬいぐるみと違ってやっぱり迫力あるよね」

「そりゃあなあ。北川さんって何の動物が一番好きなの?」

「うーん…悩むなぁ。パンダも可愛いよね!」

「ああ。向こうの檻だな」


 さっき見てきたが、そっちも座り込んでいて全然動いてくれなかった。時折笹を食べているくらいだ。


「キツネも好き」

「キツネはまだまだ先だね」


 どちらかと言えば入口付近にあり、一週した最後の方に見られるはずだ。


「一番は決められないや」

「ふふ。みんな好きなんだね」

「うん。悠くんは?」

「俺は……。やっぱり羊かな」

「シィちゃんだね」

「そう。あの作品、実は俺のために書いてくれた作品なんだ」


 元気のなかった時期、悠が勇気を出せるように。少しでも元気になるように書いてくれた作品だった。


 そう言った悠の表情が優しくて、紗奈はつい見惚れてしまった。


 また少し歩いて、ライオンの赤ちゃんを見るためにライオンの檻のすぐ側にある施設に入った。スタッフが厚く世話をしているのが見える。


「可愛い……!」


 スタッフに懐いてスリスリと頬を擦り付ける赤ちゃんライオンは、紗奈だけでなく他の客達をも虜にしている。


「目、大きくてキラキラしてるね」

「ふふ。今の北川さんみたいだね」


 今の紗奈も正にキラキラとした瞳をていて、目を大きく見開いている。悠はライオンの赤ちゃんよりも紗奈の笑顔に夢中になってしまった。


「そ、そうかな? だって可愛くて」

「そうだね」


 今はミルクの時間らしい。スタッフが哺乳瓶を持って赤ちゃんに飲ませてあげている。


「赤ちゃんライオンって本当に猫みたいだね」

「まあ、猫科だしね。あれ見てよ。飼育員にじゃれる姿なんか、猫そのまんまって感じだな」


 悠が指さした方を見ると、普段の様子が天井に取り付けられたモニターに映っていた。そこには可愛らしく飼育員と戯れる赤ちゃんライオンの姿があって、紗奈はまた「可愛い……」と感嘆の息を漏らしている。


 紗奈が夢中だったので、暫くはここに留まってライオンの赤ちゃんを観察していた。ミルクを飲み終えて、うとうとしていた赤ちゃんが眠ってしまったので、やっと別の場所へ向かうために施設を出る。


「次は鳥かな?」

「道順的にはそうだね。お腹すいてない? そろそろ一時になるけど」


 動物達に夢中ですっかり忘れていたが、もうお昼の時間を過ぎている。


「お母さんがご飯を作ってくれたの。沢山あるから、悠くんも一緒に食べよ?」

「俺もいいの?」

「うん!」


 丁度入口から真逆の場所にある広場には、ご飯が食べられるスペースがある。混んでいるが、一つだけ空いている木でできたランチスペースを見つけて、そこにお弁当を広げた。


「お母さんの料理、すっごく美味しいんだよ!」


 紗奈が「食べて」と笑顔で差し出すので、悠は貰った割り箸でいくつかのおかずをつついた。


「うっま。この玉子、どう味付けしたらこうなるの」

「私も教えて貰ってる最中だから、わからない……」

「へえ。北川さんもきっと料理上手になれるね」

「そうだといいなあ」


 紗奈はそう言うと、少々頬を赤らめて悠をジッと見つめてきた。


「お料理、上手に作れるようになったら食べてくれる……?」

「え。……俺に?」


 たとえ上手でなくても、自分のために作ってくれると言うだけでものすごく嬉しい。悠の胸は暖かくなって、今は心臓の音も騒がしい。


「う、うん。嫌?」

「そんなわけない。楽しみだ」


 照れはしたが、ここで何も言わないで手作りを逃したくはなかった。悠がそう言えば、紗奈の表情はパァっと明るくなる。


「うん! 頑張って覚えるね!」

「張り切りすぎてやけどとかするなよ?」

「気をつける」


 やりそうだ。と紗奈自身も思ったのか、苦笑してその言葉を受け入れた。

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