第37話 動物園に到着
電車に乗り込んだ後、悠が紗奈の腕を軽く掴む。
「え?」
「北川さんはこっちね」
そう言って、悠は紗奈を閉じているドアの方へと誘導した。
満員という程では無いが、電車内はそこそこ混んでいる。日曜日なので、家族連れや遊びに出かけている学生達が多くいるのだ。
悠は、ミニスカートを履いている紗奈を密集した人々の中に置くのは嫌だった。それに、人から見られることを気にしていたので、悠が紗奈の前に影を作れば少しは安心出来るだろう。と考えている。
「ありがとう」
悠の気遣いに、紗奈の胸がじんわりと暖かくなる。しかも、いつもと違って悠の表情が見えているため、さっきから緊張しっぱなしだった。
(やっぱり綺麗な顔してるなあ。それに、優しいし……)
ドキドキと鼓動が早まり、とっくに秋だと言うのに熱くなってくる。ポーっと悠を見つめていると、定刻が通りに動きだした電車に驚いて、体勢を崩してしまった。
「ひゃっ……」
思い切り悠の胸にもたれかかってしまったので、紗奈は恥ずかしくて顔を真っ赤にする。慌てて離れると、オロオロと謝った。
「ごめんなさい……!」
「あ、いや……。別に平気」
紗奈よあまりの狼狽えように、多少は照れてしまっていた悠も、逆に冷静になってくすっと笑みが漏れる。
そのせいで、紗奈は更に恥ずかしそうに黙り込んでしまって、移動中の殆どを無言で過ごした。
。。。
動物園の最寄り駅からは、徒歩五分ほどで動物園のエントランスにつく。ここまで来ると子ども連れの家族が多く、少し騒がしい。
これから行く動物園は、神奈川県の中でもかなり広い動物園で、家族にも恋人達にも、友人で遊ぶにしても人気が高い。そのため、日曜日と言うことも相まって、人がかなり多いのだ。
「あ、見えてきた!」
「うん。俺、実は動物園って小学生ぶりなんだよね」
「私も。楽しみだね!」
「羊のふれあいコーナーもあるらしいよ」
事前に調べていたので、悠は紗奈が好きそうなコーナーをいくつか話した。
「ウサギもふれあいコーナーがあるんだ? 触ってみたい……」
「北川さんってライオンの赤ちゃんも好きそうだよね。流石にふれあいコーナーはないけどさ」
「うん。絶対可愛いもん。猫ちゃんみたいな顔してるんでしょ?」
紗奈が楽しそうにしているから、悠は(調べてよかった)と心の中で自分を褒める。
「悠くん。本当に色々調べてくれたんだね!」
「まあ……。動物園に誘ったのは俺だし」
「すっごく嬉しい。ありがとう!」
紗奈の明るく可愛らしい笑顔が見られたので、悠は更に心の中で自分を褒め称えた。
「喜んで貰えてよかった」
動物園に到着すると、早速アーチをくぐって広場に出る。広場の真ん中には巨大なマップがあり、どこから行くかの相談を始める。
「ルートで言うと、こっちから行けばふれあいコーナーが近いけど」
「ライオンの檻は結構奥なんだね」
「そうだな」
進んでいくのは、ふれあいコーナーの方に決まった。出入口から見ると、右周りだ。ぐるっと一周できる造りなので、ルートを決めたなら後は道順通りに進んで楽しむだけである。
まず一番最初に目に入ったのは、ゾウの檻。
「ゾウさん大きいー!」
「水浴び中じゃん」
「迫力あるね!」
ゾウの鼻シャワーを間近で見ることが出来た。初めて見るのだろう。紗奈はキラキラした目で、ジーっとゾウに釘付けになっていた。
「アフリカゾウなんだって。特徴が書いてある」
看板を見れば、アフリカゾウの特徴と他の種類のゾウの特徴が書いてある。この動物園にいるのはアフリカゾウだけのようだ。
「他のゾウより大きいんだね」
「らしいな」
哺乳類の動物がいるのがこのエリアのようだ。ゾウの他にもカバやキリン、シマウマなんかもいる。そのシマウマの檻の近くには、ポニー乗り体験のブースもある。
しかし、残念ながら乗れるのは小学生までの子どもだけなので、二人が楽しむことは出来ない。
「義人くん、絶対に乗りたがるだろうなあ」
「義人……?」
「あ、えっと……。弟の名前なの」
「ああ。あの風船の子か」
紗奈に似て、クリクリとした大きな目をしていた。幼さもあって可愛らしく、女の子と言われても信じてしまいそうな雰囲気の少年だった。将来は真人のようなイケメンになるのだろう……。それともなければ、紗奈のように可愛い路線の美少年に成長するのかもしれない。悠はそう思って、心の中でくすりと笑った。
「うん。あの時はありがとうね」
「大したことはしてないよ。弟も動物とか好きなの?」
「うん。猫とか大好きなんだよね。野良猫は危ないから駄目って言うのに、触りたがっちゃって」
「北川さんだって野良猫触ろうとしてたよね?」
「あの時は降りられなくなってて可哀想だから……。実際に触ったのは悠くんだし、怪我もさせちゃったけど」
悠としては、あれもまた偶然の出来事だし、傷も残らなかったので過去のこととして割り切っている。しかし、紗奈はしゅんと悲しそうな顔になってしまった。
「落ち込むなよ。もうすっかり治ってるんだから」
悠は怪我をしていた方の手を掲げる。とっくのとうに絆創膏も剥がれていて、傷痕は見当たらない。綺麗に治ったようなので、紗奈もほっと息を吐きだした。
「良かった……」
「ポニーには乗れないけど、ほらあそこ。ふれあいブース。ポニーも羊も、ウサギも触れるぞ」
「うん!」
悠に誘導されてふれあいコーナーのブースに入る。近くのスタッフからふれあいコーナーでの注意事項や説明を受けると、紗奈達は早速動物達とふれあう。
「何から行く?」
「ポニーちゃん、触りたいなあ」
「ふっ……」
無意識なのだろう。紗奈は、さっきから所々で動物に「さん」をつけたり「ちゃん」をつけたり、和む呼び方をしている。
可愛らしい。と悠はついつい、笑みがこぼれた。
「な、何? どうかしたの?」
「ううん。何でもない。ポニーちゃん、触ろうか」
「う、うん……」
何も気が付かない紗奈が可愛くて、悠は密かに笑みを零した。紗奈に気が付かれないように、ポニーの後ろに隠れてこっそりとである。
「毛並み柔かい……」
「流石、動物園の子達は育ちがいいよなあ」
サラサラの毛並みを撫でながら、二人はほんわかと和む。
ふれあいコーナーにいる動物達はみんな大人しいので、力加減を間違えた可愛がり方をしない限りではされるがままでいてくれた。