第35話 笑顔の破壊力
母親同士も父親同士も話が盛り上がっていて、紗奈と悠は置いてけぼりだ。
もともと悠はメンズコーナーにいくはずだったので、離脱しようと思えばすぐに出来るのだが、紗奈を一人置いていくのもどうかと思うので、こちらも話をすることにした。
「自分の服を買いに来たの?」
「うん。悠くんも?」
「まあ、そう」
実を言うと、悠も母親に言われて新しい服を買いに来た。「折角デートして貰えるのだから!」と力説されたので、断る暇もなく無理やり連れてこられたのだ。
まさかデートの前に会うとは思わなかったので、悠は少しだけ微妙な顔をした。
「今日は…目、見えるんだね」
前に数回、チラッとだけ見えた瞳が、完全に顕になっている。やっぱり綺麗な顔だ。と紗奈は見つめてしまったので、悠が気まずそうに声を出す。
「う、うん。変?」
「ううん。かっこいいよ。コンタクトなの?」
「いや。裸眼……。あれは伊達眼鏡だから」
「そうだったんだね。眼鏡も知的な雰囲気でいいなって思うけど、そのままでも素敵だね」
「…ありがとう」
真っ直ぐにそんな事を言われると、悠は当然照れてしまう。
かっこいい。という言葉も、実を言うともっと胸が痛むと思っていたのだが…紗奈が言うとすんなり受け入れられた。寧ろ、嬉しくて心臓の音が騒がしいくらいだ。
言葉も相まって紗奈が無性に可愛く感じるので、直視することも出来なかった。前髪がないせいで赤い顔も隠せないし、悠は自分の手で口元だけを隠し、視線を軽く逸らした。
「あ、あのね。悠くんは……その、女の子の服、どんな服が好き?」
「え?」
もじもじと真っ赤な顔で上目遣いをされてしまい、悠はやっぱり照れてしまう。
正直、紗奈は誰もが振り返るような可愛い見た目をしているので、きっとどんな服を着ても似合う。悠は素直にそう思った。
しかし、今聞かれているのは悠の好みだ。悠の好みの女の子になりたい。と遠回しに言われているのだから、照れないはずがなかった。
「す、スカート……とか?」
今紗奈が履いているようなふわふわのフリルスカートも可愛らしいと思うし、前に図書館に着てきたような落ち着いたワンピースも可愛らしい。
「スカート……」
「うん。今着てる服も可愛いと思う」
小さな声で、しかしはっきりと届く声でそう言った。紗奈の頬は赤みが増し、手で押さえてそれを隠す。
少し離れたところから母達に微笑ましげに見られて、ものすごく居心地が悪かった。
「子どもっぽくない……かなあ?」
「そう? ガーリースタイルって感じで、嫌いじゃないけど」
高校生にもそういう服装の人は見かけるし、大人っぽすぎる服よりも、天真爛漫な紗奈にはガーリー系やフェミニン系が似合いそうだ。と悠は思っている。
「ほ、本当? 嬉しい……」
「ふふ。ずっと気にしてたものね」
横から由美が小さく笑って、声をかけた。
「だ、だって……」
由美がくすくすと笑っていると、紗奈が拗ねそうになる。なので、由美は優しく笑ってこう言った。
「紗奈の好みは私似なのよね」
由美はどんなスタイルの服も着こなすが、本来は可愛いもの好きなのだ。そんな由美に、紗奈はよく似ている。
「そうだったの?」
「流石にこの歳でフリルは着ないけれど、昔は結構着てた。悠くんが可愛いって言ってくれるんだから、紗奈も好きな服を買ったらいいわ」
「う、うん」
それでも、やっぱり少し背伸びをしてみたくて、なるべく子どもっぽすぎない服を好みの範囲で買うことにした。
「そう言えば……。行きたい場所決まった?」
紗奈の希望で、悠の服選びにも着いてきた紗奈に、悠は聞いた。
「えっと、行きたい場所が多すぎて……」
まだ絞りきれていない。紗奈は照れくさそうに、素直にそう言った。
「ふふ。どこ?」
「遊園地でしょ? 水族館でしょ? 今みたいにショッピングも一緒に行ってみたいし」
紗奈が指を折り行きたいところを数えていると、悠の方からも提案があった。
「動物園は……嫌い?」
「え? ううん。動物大好き!」
「だと思った。キャラだけど羊とか兎とか、野良猫にも甘い顔してたもんな」
今日はよく顔が見えるので、笑顔の破壊力が高い。悠の細まった優しげな目に、紗奈はポーっと見惚れてしまう。
「行きたいとこが多いなら、動物園はどうかなって思ったんだけど」
悠は手際よく服を選びつつも、紗奈とスムーズに会話している。視線が服に寄っているので、紗奈がポーっと赤く頬を染めていることには気付かなかった。
「い、行きたい!」
「良かった」
悠の笑顔に、また紗奈は見惚れてしまう。
そして、やっとこちらを見てくれた悠が不思議そうな顔で首を傾げたところ、紗奈は「ずるい」と拗ねた顔を見せるのだった。