第34話 明るい視界での遭遇
「……悠くん、だよね?」
紗奈は思わず目の合っている相手に声をかける。
今の悠の姿は、母親に無理やり整えられた格好をしている。眼鏡もかけていないし、前髪もワックスで上げているため、瞳もバッチリ出ている。
しかし、紛れもなく悠であると紗奈にはわかった。
「北川…さん? え、なんで分かるの」
目が合った時にドキリとはしたが、この格好では無視をして通り過ぎる予定だった。まさか気づかれて、声をかけられるだなんて思っていなかった悠は驚いて、オロオロと狼狽えてしまう。
「あら。その子があなたのいい人?」
「ちょっと、やめてよ」
本人の前で言うな。と、悠は照れた顔で母親を睨んだ。
「初めまして。私は悠の母ですう」
怒り顔の悠を無視して、母である真陽は愛想良く笑みを浮かべ、紗奈と由美に話しかけた。
「あ、初めまして」
「こんにちは。小澤さんですよね? 初めまして。紗奈の母です。紗奈が息子さんと仲良くさせて貰ってるみたいで、どうもありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。こんなに可愛らしいお嬢さんに仲良くしていただいてるなんて。光栄ですわ」
母親同士で挨拶を交わすと、そのまま世間話に突入する。
その様子を遠くで見ていたい真人も、チラリと何気なく父親の方に視線を向けた。すると、あちらも気にしていたようで目がバッチリ合ってしまった。
フラフラーっと、将司が座っていたベンチからキッズコーナーに移動してきて、挨拶をする。真人は義人を横目に立ち上がり、挨拶を返す。
「やはりそうでしたか!」
「ええ。そちらもご家族で……?」
「そうなんです。私達は仕事が特殊なので、全員で出かけるのは極たまになのですが……。いやあ。偶然息子が世話になっているお嬢さんご家族と出くわすとは、世間は狭いですね」
「ふふ。そうかもしれませんね。それにしても……。息子さんとは前に一度お会いしたことがあるのですが……その時と雰囲気が違っていて、気が付きませんでしたよ。かっこいい息子さんですね」
「そうでしょう? 普段から顔を見せてあげればモテるのに……」
と将司は苦笑する。少しだけ悲しげな表情も混ざっているように見え、真人は一瞬だけ、軽く唇を噛んだ。
「それには事情があるでしょうから。うちの娘は、どんな姿でも悠くんを気にかけていますし……」
「ありがたい限りです」
含みのある表情で真人が言えば、向こうからも含みのある笑みを返された。
「それにしても……。若い頃、よくテレビでお見かけてしていたので、こうして実際にお会いできて嬉しいです」
「あ、今は引退してますけど、分かりますか?」
一般人に扮しても声をかけられることが殆どないので、将司は今も素の顔を晒している。
「分かりますよ。ファンでしたから」
というのは建前だ。本当は調べた。だなんて失礼なことは言えない。
「特にあのドラマが好きだったんです。特別捜査官の……」
「ああ! ありましたね! 主役ではありませんでしたが」
「主役の相棒役でしたね。それでも、私はあなたの役の方が好きでした。クールで、主人公を支える役まわりで……たまに出る名言とか」
くすくすと二人は笑い合い、だいぶ話が弾むようになった。
「ところで、息子のこともご存知で?」
真人はその言葉にぴくりと反応すると、将司の顔色を窺った。将司は緊張しているようで、ほとんど真顔だ。真人はまたもやグッと唇を噛むと、すぐに笑みを作る。
「…はい。好きでしたよ。引退は残念でしたが、娘も息子も持つ身としては、子どもの決断を否定することは出来ません。親切で素敵なお子さんですよね。悠くん」
娘を泣かされたけど。と内心思っているが、紗奈が惚れ込む男がそんなに悪い子でもない。と確信もしている。
今だって、娘は嬉しそうにはにかんでいるのだ。軽く二人に目を向けた真人はふっと目を細めて笑った。
「…ありがとうございます」
そう言った将司はどことなく悲しげだったが、緊張が解けたのかほっと胸をなでおろしていた。