第31話 テストが終わったら
土曜日の昼過ぎ。紗奈は今、図書館にやって来て参考書を探しているところだ。試験は来週になるので、父に教えてもらった部分の復習も兼ねて、一人で勉強をしにやってきた。
わざわざ図書館にしたのは、家にいるとついつい義人と遊んでしまうから。義人は無邪気な顔をして「遊ぼう」と言ってくるので、紗奈にとってはスマホやテレビよりもよっぽど甘い罠になり得る。
誘惑に負けないように図書館に来た紗奈は、本を探すために学習書コーナーに入り、地理の参考書を探す。紗奈の得手不得手はどちらかと言えば母親に遺伝していて、その母親である由美は地理が苦手。紗奈も、由美と同じで地理が苦手だった。
「あった」
この間の授業で先生がおすすめだと言っていた参考書を見つけ、手に取ろうとした。
しかし、その手は別の手とぶつかってしまった。
「すみませんっ」
「あっ……いえ、こちらこそ……え?」
手をぶつけた人物と、長い前髪越しに目が合って、驚いた。
「北川さん」
悠だった。本当に偶然に、会いたい人物に会えたのだから幸運だろう。これがテスト前じゃなかったらもっと喜んでいた。また集中出来なくなりそうだ。と紗奈は内心で思って、悠を見上げる。
「悠くんもここで勉強?」
「うん。この前と同じ個人スペース借りて。北川さんも?」
「私は今来たところだから、先に本を探してたんだ」
「ああ。地理の先生がおすすめしてたからだろ?」
悠も同じ理由だったらしく、くすっと笑ってそう言った。紗奈はこくりと頷き、本を見上げる。
そして、紗奈は少し照れていた。と言うより、この格好で会ったのが恥ずかしかった。
子どもっぽいキャラクターTシャツに、ダークグリーンのパーカーを羽織っているだけの格好だから、悠にお子様だと思われていないかどうか、心配になってしまう。
紗奈がいそいそとパーカーのチャックを上まで上げていると、悠から声がかかった。
「勉強、一緒にする? 参考書も二人で見れるし」
「え? い、いいの?」
「いいよ。北川さんが嫌じゃないならだけど……」
俺なんか。とは紗奈の前では言えないが、未だに思ってしまうことも多い。不安げに紗奈を見ると、彼女の頬に赤みがさしている事に気がついて、なんともいたたまれない気分になってしまった。
「勉強、一緒にしたいですっ」
紗奈は羞恥よりも一緒にいたいと強く思い、そう返事をした。逆に、悠の方が紗奈の態度にドキリとして照れてしまう。
「うん……」
悠に案内されて、この前と全く同じ個人スペースに入る。座る場所も全く一緒だ。
「今度は転ばないでよ?」
「こ、転ばないよっ! 今日はお勉強だもん」
「もうっ」と頬を膨らませ、紗奈は拗ねた表情で椅子に座る。悠が笑いを堪えてふるふると震えているので、更に拗ねたい気分になって、ちょっとだけ悪口を言ってみた。
「悠くんのばか」
「ごめん。怒んないで」
「…テストの後、デートしてくれたら許す。かも……」
「は?」
「デート」と言う、普段他人とと喋る事のない悠からしたら聞き慣れない単語が聞こえ、反射で口をついた。紗奈の表情を見ると、羞恥のせいか真っ赤になってしまっていた。
そんな顔をされては、こちらまで赤みが移ってしまうではないか。今度は悠が拗ねたくなって、恥ずかしくって、半分隠れている顔をさらに隠した。
「デートって……」
「嫌、ですか?」
「嫌では…ない、です」
お互いに真っ赤になってしまい、暫くは勉強も手につかなかった。
。。。
暫くは手につかなかった勉強だが、一度集中したらその持続力は中々のものだった。夕方になって、悠から「切り上げようか」と声をかけられるまで、ずっと集中していたようだ。
「そう言えば、どこに行きたいの?」
「え?」
帰り支度をしている最中に、悠がふと質問をした。
「……デートがしたいんだろ?」
口にすると照れてしまい、悠は頭を軽くかいてチラッと紗奈に目を向け、返事を待つ。
「えっと……」
悠と出かけたいとは思ったが、どこに。とまでは考えていなかった。紗奈は返事に迷ってしまい、そわそわと体を揺らしている。
悠と出かけられるのなら……。行きたい場所は無限に思いついた。しかし、ひとつに絞ることが出来ない。
紗奈が返事に迷っているから、悠は申し訳ない気持ちになってしまう。
「…テストが終わったら。だっけ。俺も考えとく」
「! ……う、うん!」
紗奈は嬉しそうにはにかんで、それが可愛らしいものだから、またもや悠を困らせてしまうのだった。