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第30話 晩ご飯

「へえ。今日は紗奈が作ってくれたんだね」


 食事の途中で、由美が「紗奈が作ったのよ?」と言ったので、真人がそう反復した。紗奈は少し照れくさそうに、もじもじと口を開いた。


「私は焼いただけだけど……。味付けはお母さんだよ」

「それでも上手に焼けてるじゃないか。な? 義人。美味しいなあ?」

「うん! 美味しー!」

「ふふ。ありがとう」


 ふと、真人は紗奈の恋をする顔を思い浮かべて、(もしや……)と思った。


「もしかして、悠くんに振る舞うの?」

「えっ!? それは……。まだ、もっと上手になったら……」

「紗奈もどんどん大人になるなあ」


 娘が可愛い真人は、あからさまにはしないが寂しいと隠すことも出来ない、微妙な表情で紗奈の焼いた魚を頬張る。


「浜野さんの気持ちが今ならわかる気がする」


 由美の旧姓の浜野。つまりは紗奈の祖父である銀次のことを言っているようだ。由美が義人の隣で小さく笑って、真人に言う。


「うちのお父さんは、寧ろあなたを大歓迎してたじゃない」

「それでも、結婚式では泣かれたよね」

「あなたも、紗奈の結婚の時は大変ね」

「まだ早い。学生結婚はお父さん、許さないからね」

「あなたこそ気が早いわ」


 両親が会話をしている間、紗奈は悠との結婚を思い浮かべてしまい、ポーっと頬を赤らめていた。妄想の世界に浸り切る前に、義人の明るい疑問の声が聞こえてくる。


「ゆーくんって誰ー?」

「悠くんはね、お姉ちゃんのボーイフレンドよ」

「えっと……」


 紗奈はボーフレンドと聞いて、更に頬を染める。


「ボーイフレンド?」

「男の子の、仲のいいお友達」

「悠の風船を取ってくれた子だ」


 真人の言葉にピンと来たのか、義人はパッと明るい顔をする。自分の目尻をむいっと押さえて、元気な声で言った。


「目ぇないにーに!」

「その覚え方はどうなんだ……」

「悠くんは前髪が長いだけで、ちゃんと目はあるんだよ」


 思わず三人は声を出して笑ってしまった。義人は不思議そうにしているが、三人とも笑っているので、最後にはヘラヘラと楽しげに笑っていた。


「あ、そう言えば……。ねえ、お父さんとお母さんは小澤将司って知ってる?」

「うん。私達が若い頃に流行ってたよね」

「男前な俳優だったよな。歌も上手いし、元は歌手だったんだ」

「今は俳優辞めちゃったんだよね。何してるのかしら」


 もう辞めてしまったらしい。だからテレビでは見かけないのだろう。真人が言うには、メディア露出は減ったが、今もまだシンガーソングライターとして活躍しているのだとか。最後のCDリリースは去年の夏だったようだ。


「それから、紗奈が好きな悠くんのお父さん…なんだろ?」

「え? そうなの?」


 由美は驚いた顔で、口に含んでいたご飯を零さないように口元を押える。


「幸雄の奴、未だに情報集めるの癖になってるから。この前聞いた」


 と言うより、真人が悠の事を気にして調べてもらった。が正しい。父親はその副産物みたいなものなのである。


「菖蒲くんのお父さんが? でも、菖蒲くんは知らなかったよ」

「あいつだって、誰彼構わずに情報を伝える訳じゃないよ。クラスメイトのことだし、知られたくないこともあるんだろうしね」


 真人のウインクを見て、紗奈は思い至る。目立ちたがらない悠の事だから、俳優の息子だ。なんて、絶対に知られたくないに決まっているのだ。


「そうだね」


 と返事をすると、紗奈はまた悠の顔を思い浮かべた。チラッとだけ覗いた優しげな瞳を思い出して、ついニマニマと口元が緩んでしまった。

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