第28話 恋愛事情
ベンチに座り直した悠と紗奈は、暫くの間は木村真昼の本について感想を出し合っていた。
「見てみて。私も鞄につけてみようと思って!」
一度家に帰ったはずなのに、紗奈は鞄を手に持っていた。その理由は、貰ったらキーホルダーをすぐにつけたかったからだそうだ。
「ふふ。早速つけてくれて嬉しいよ。こいつの話、どこまで読んだ?」
ちょいっと鞄につけられたキーホルダーを指で触ると、悠はそう聞いた。
紗奈が昨日買ったばかりの本は、実はほとんど読めていない。昨日はクッキー作りの方に専念してしまっていたからだ。
「まだ最初の方。あ、でも。この子が出てくるところまでは読めたのよ。えっと…確か名前は……」
「ユメ」
この兎のキャラクターは、夢を叶える手伝いをしてくれる役割を持っているそうで、名前もそれに因んで『ユメ』と言うらしい。
「そうそう。ユメちゃん! ちょこっと生意気な喋り方が可愛いよね」
と言って紗奈は笑う。確かに、ユメは少々上から目線にアドバイスをくれるキャラクターなので、紗奈の言う生意気にも当てはまるかもしれない。悠はそう思ってくすっと笑みを零した。
それからも暫く会話を続けていたら、紗奈が突然「くしゅっ」とくしゃみをしたので、悠は立ち上がる。
「北川さん。少し寒くなってきたし、帰ろうか?」
近いだろうけど送って行く。と言ってくれた。ゆっくり歩いても五分かからないで着いてしまうので、名残惜しい気持ちもあるが、少しでも長くいられるのなら嬉しい。紗奈は厚意に甘えて、一緒に帰ることにした。
その前に、紗奈は持っていたクッキーの包みを悠の前に差し出す。
「これ、本とキーホルダーのお礼に。昨日お母さんと作ったの」
「クッキー……?」
「嫌いだった?」
チャットで甘い物が好きだと言うことは聞いていた。だから甘くて作りやすいクッキーにしたのだが……。悠が首を傾げるので、紗奈は段々不安になってきてしまう。
「いや、普通に好き。ありがとう」
悠は自ら地味な格好をしているし、こういったものを女子から貰うのは初めてだった。しかも、多少なりとも好意を持っている相手からの手作りである。照れくさくて、少々顔が赤らんでいくのを自分でも感じる。
お礼を伝えて紗奈を見ると、受け取って貰えたことにほっと胸を撫で下ろしているところだった。その様子が可愛らしくて、悠の顔は一層赤みが増してしまった。
結局悠はどこを見ていいのか分からなくなってしまって、急いで鞄にクッキーの包みを仕舞うと、「帰ろう」と公園の出入口を見つめて言った。
。。。
紗奈を無事に送り届けた悠が家に帰ると、悠はリビングでクッキーの包みを取り出した。キーホルダーもブックカバーも、悠が両親から貰ったものだから、二人にも貰ったクッキーを分けようと思ったのだ。しかし、悠がクッキーを取りだした途端、案の定両親にからかわれてしまう。
「やだ! 手作りクッキー!?」
「やるじゃないか。家にはいつ連れてくるんだ?」
「連れてこないし! てか母さんはメモするのやめてよ」
気を遣ったりしないで、黙って一人で食べれば良かった。と悠は後悔した。
「いいネタは使わなきゃ」
「だからっ! 息子の恋愛事情をネタにしないでくれる?」
悠がそう言って突っぱねると、両親からニマニマといやらしい顔で見つめられ、段々と居心地が悪くなる。
「何なの?」
「恋愛事情……」
「恋をしてるのね」
二人の言葉にやっと気がついた。なんて事を口にしてしまったんだ。悠はカーッと赤くなり、前髪のせいで殆ど隠れている顔を更に隠した。
「うるさいっ!」
「いやあ。青春だなあ」
「いいわねえ。青春……」
「味わいたいなあ」
「味わいたいわねえ」
微笑ましげな表情で見つめられ、悠はたまらず部屋に避難する。その直後に、紗奈からメッセージで『今日はとっても嬉しかった』と届いたため、更に悶絶する羽目になったのは言うまでもない。