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第27話 優しい気持ち

 学校が終わると、紗奈はすぐに教室を後にした。


 一度家に帰ってから、昨日母と一緒に作ったクッキーを手に持って公園に急ぐ。急ぎすぎたせいか、悠はまだ来ていなかった。


「……」


 そわそわと悠を待つこと五分ほどで、公園によく知る人影が入ってくるのが見えた。


「悠くん!」


 手を振る紗奈を見て、悠はギョッとする。悠もホームルームが終わってすぐに教室を出たはずだった。なので、既に紗奈がいるとは思ってもいなかったのだ。


「早いね」

「楽しみだったから……」

「俺も早くに学校を出たはずなんだけどな」


 悠はそう言うと、木の下に立って待っていたらしい紗奈をベンチに手招いて、先に座らせてくれた。紗奈の隣に座ると、鞄を開いて可愛らしいカバーのかけられた本と、開封されていない兎のキーホルダーの二つを取り出す。


「はい。カバーはおまけ。父さんの手作りなんだ」

「え!? お父さんの!? 凄いね……」


 紗奈の母親もこういったことは得意だ。たまにお出かけの時に使っているトートバッグも母が作ってくれたものだし、冬になると毎年セーターを編んでもらっている。


「無駄にハイスペックなんだよ」

「無駄なんてこと……。可愛い柄だね」

「北川さんっぽかったから」


 ということは、この柄は悠が選んでくれた物なのだろう。ピンク色の花が散りばめられている。


 前にお詫びのプレゼントだと言ってくれたハンカチにもピンク色の花があしらわれていたし、悠が自分に抱いているイメージはこんな可愛らしいものなのだろうか。そう思った紗奈は途端に照れくさくなって、本で顔を隠した。


「ありがとう……」


 紗奈の赤い顔が悠にも移り、二人は暫し沈黙してしまう。


 その沈黙を破ったのは、小さな女の子の泣き声だった。目の前で女の子が風船を飛ばしてしまったようで、木に引っかかった風船を見上げて大きな泣き声をあげている。


 昨日の義人が頭をよぎって、紗奈は手を口に当ててその様子を見ていた。昨日試したからわかるが、紗奈では肩車をしてあげたとして届かないのだ。


「あっ……。悠くん?」


 悠は迷うことなく女の子に近づき、昨日義人にしたみたいに肩車をしてあげた。そばにいた兄らしき人が慌てて駆け寄ってくるが、その頃にはもう、女の子の手に風船が戻っている。


「あ、ありがとうございます。ほら。お前もお礼言え」


 肩から降ろしてもらった女の子に、兄がぽんぽんと背を叩いてお礼を言うよう誘導した。


「ありがとう。ちゅーがくせーのお兄ちゃん……」

「どういたしまして。風船、しっかり持ってるんだぞ」

「うん!」

「本当にありがとうございました」


 去っていく兄妹を見つめている悠の横顔が本当に優しくて、紗奈の心臓がトクンと跳ねる。


 昨日紗奈が優しいと言ってくれたから、悠は迷わずに行動できた。優しくあろうと思った。しかし、去っていく二人の兄妹を見ていたら、本当に心から優しい気持ちになって、悠の胸がじんわりと熱くなる。


「悠くんはやっぱり優しいね。」


 紗奈のその言葉は吹く風によって掻き消えて、代わりに悠の瞳がちらりと覗く。眼鏡のレンズに二人の後ろ姿が映っている。そんな二人を見つめる瞳は、やっぱり優しい……。と、紗奈は嬉しい気持ちになった。

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