【閑話】アオイトリ
勤める大学からの帰り、紗奈の父親である真人は、駅でとある人物を待っていた。
「お待たせー」
「おう。お疲れ」
菖蒲の父であり、真人の幼なじみであり、親友で悪友の幸雄である。
「んで、どしたん? 久々に飲みに行こうだなんて……。真人からの誘いとか珍しいよね?」
軽く肩を組んで来て、幸雄はからからかうように真人の頬を突っつく。「子どもかお前は」と言葉が出そうになるのを我慢して、真人はぺっと近づけてきていた幸雄の顔を押しのける。
「酷いっ!」
「この前チャットで話しただろ?」
「うんうん。あの子のことを調べてって話でしょ? でもねえ、俺の情報が高いって、真人も知ってるじゃん?」
と言えば、真人はジト目で幸雄を見やる。
「お前、とっくに引退してるだろ」
「あは。たまにはそういう雰囲気出してもいいかなーって。懐かしいね。アオイトリ」
「ああ……。あれでかなり稼いでたもんな」
幸雄が学生時代の頃、幸雄はネット上で『アオイトリ』と言う情報屋で有名だった。と言っても、正体が幸雄であることを知っているのは、真人を含めた悪友達と、由美や茉莉等の限られた人物のみである。
そんな彼の情報は正確で、高い。
幸雄の両親は離婚して、片親だった。そして、親権を持っていた父親は…まともではなかった。
まともに働ける年齢では無い幸雄が、父親からのネグレクトに耐え、母親を守るためには、まともでない方法だろうと金を稼ぐ必要があった。その結果が情報屋、アオイトリだ。
「ま、流石にもうアオイトリはやんないけど。ちゃんと調べてあげたよ。真人の気になってる『小澤悠』」
「ありがと。今日の酒代くらいは出してやるよ」
「へへっ! ラッキー」
こうして二人で話していると、昔に戻ったみたいで懐かしくなる。真人はそう思いながら、駅の近くにあるテキトーな居酒屋に足を踏み入れた。
「それで、どうだった?」
「名前聞いた時からなんとなくそうかもなーって思ってたんだけど、調べたらすぐにヒットしたよ」
「え?」
「多分、真人も調べようと思ったら出てきたかもね。全国紙にも載ってる」
幸雄がスマホを操作して見せてくれたのは、八年前の記事だった。
とある映画の撮影現場になった学校。その学校のプールにて起こった転落事故。
その被害者は一命は取り留めたものの、ショックからか数週間の間、言語障害を患っていたらしい。
「小澤ってあの小澤だったのか。」
「そ。菖蒲が結構好きだったよ。今は仲良くないって言ってたけど」
「ふーん……。菖蒲って結構世話焼きなのにな」
「事故のせいか、大分性格も変わったみたいだね。気づいてないんだろ」
と言ってから、幸雄はビールを二つとと焼き鳥を数本頼んだ。出てきたお通しのたこわさを口に入れると、真人を見て、口を開く。
「反対する?」
「え?」
「紗奈ちゃん。好きなんでしょ? 悠くんのこと。」
「みたいだね。なんか、今日も会う約束してたらしいし」
「意外とやるねえ。両親とは大違いだ」
「うるせ」
真人は昔、初恋を拗らせていたせいで恋愛に自信がなかったし、由美は、女子校育ちのせいで男をまるで知らなかった。確かに、恋に対して積極的な紗奈とは全然違う。
「で、反対するの?」
「別にしないよ。紗奈を泣かせたことには複雑な気持ちもあるけど。紗奈はもう気にしてなさそうだし」
「ふーん……」
話の合間にビールが置かれたので、無言でジョッキをカチンと合わせると二人は一口。
「んで何? その反応」
「いや。調べててわかったんだけど……。さっきの記事、真相とは違うっぽいんだよね」
「はあ? どのメディアでも似たようなこと言ってただろ。当時、かなり話題になったし」
「本当は事故じゃなくて、故意にプールに突き落とされたらしい。でも、事故として処理された」
「え」
幸雄が声を潜めてそんなことを言ったので、真人は思わず固唾を飲んでしまう。
「あの子が抱えてるものって、多分想像以上に重たいよ。……それでも、真人は反対しない?」
「揺らぐこと言うなよ。…まあ、それは今後の悠くん次第ってことで」
紗奈の恋を応援する気はもちろんあるが、聞かされた事実に複雑な気持ちになってしまった。
今後、悠に紗奈を任せられるのか……。それは、今後の悠次第だ。出来ればハッピーエンドになるといい。そう思いながら、真人はグイッとジョッキを傾ける。