第25話 地固まった?
「ねえ、悠くんはどうして瞳を隠すの?」
その質問に、悠の体が強ばる。ふとした疑問だったのだが、目立ちたくない。という理由に関係があるのだろうか。聞かれたくない質問だったようだ。
「大した理由はないんだけど……」
もしも顔を隠さずにいて、知っている人に容姿のことを言われるのも、注目されるのも嫌だった。だから隠しているわけだが、街ですれ違うような自分を知らない人たちになら、別に見られても構わない。注目されるのは苦手だが、それでも多少はましだった。
別に、自分だとバレなければ隠さなくても良い。と悠は思っているのだ。しかし、紗奈は知っている人だ。見せるのが怖くて、理由を上手く話せる気がしなくて、返事に困る。
「やっぱり何でもないわ」
撤回された事にほっとしたと同時に、気を遣わせてしまったことを申し訳なく思う。
「君こそ優しいよ」
と小さく呟いて、悠は立ち上がる。
「改めて、昨日はごめんね。あと、その……。昨日、楽しかったのは本当だから」
「ううん。もういいの。私も感情的になっちゃったし……。ごめんね。それと、私も楽しかったよ!」
紗奈はニッコリと笑うと、思い出したかのように鞄から包みを取りだした。
「あのね、木村真昼さんの作品、他にも読んでみたくなっちゃって。さっき本屋さんで買ったんだ。この作品は読んだ?」
今度は兎がモチーフの作品だ。この本はシリーズもので、全部で三巻ある。悠は当然家に持っているし、全部読んでいる。
「うん。この兎もぬいぐるみキーホルダーがあるんだよ」
「え!? そうなの? 悠くんはそれってどこで買ったの?」
「それは…母親に貰ったんだ」
「そっか。いいなあ……。私も見かけたら買おう」
本を軽く抱きしめて、紗奈はそう言った。兎のキーホルダーも悠の家にある。悠は少しだけ迷ったが、また伝えてみる事にした。
「あげようか?」
「え?」
「嫌じゃなかったらだけど……」
自信なさげに頬をかくと、紗奈が思い切りぶんぶんとツインテールを振り回して、否定する。
「色々と貰うのは、申し訳ないなって思うけど、悠くんから物を貰って嫌なことなんて絶対ないよ? むしろ嬉しいんだから! ハンカチだって、昨日持っていくかどうかずーっと悩んでたくらい」
ここまで言ってから、紗奈は口を噤む。恥ずかしいから悩んでいたのに、それを口にしてしまった。
紗奈は途端に恥ずかしくなって、頬を押さえて俯いた。
「え? 悩んだ? なんで?」
「だ、だって……。本人に見られるのは照れくさいかなって思って。でも、貰って嬉しかったから使いたい気持ちもあったし……」
と赤い顔で説明している。やはり照れてしまっているのか、妙に早口だ。
「ふふっ」
そんなくだらないことで悩んでいたのだと知って、悠は思わず吹き出してしまう。
「何それっ。そんなことで普通悩む?」
「あ、酷い。笑わなくてもいいのに。それだけ嬉しかったんだから仕方ないじゃない」
「あははっ……。ああ、北川さんって面白いね」
悠の頬が緩みきっているので、紗奈は照れくささに胸がいっぱいになる。欲を言うならその表情を全部を見たかったが、顔を見られるのは嫌だろうから、絶対にそんなことは言えなかった。ちょっぴり残念な気持ちだ。
「なら、昨日のあの本もあげる。泣かせたお詫びと、今楽しませてもらったお礼に」
「うう。人のことで笑うなんてっ!」
紗奈は小さな子どものように頬を大きく膨らませ、羞恥で潤んだその瞳でジトっと悠を睨む。それでも、悠は小さく笑っていた。
「じゃあ、勝手に楽しんだお詫びってことで」
「わかった。貰う。大切にする」
「じゃあ…明日の放課後にまたここに来ていい? マンションも近いしさ」
さっきは公園から顔を出す義人を、迷子だと勘違いして声をかけている。義人も歩いて帰れるくらい、自宅は近いと本人から聞いた。それに、前にマンション前まで送っているので紗奈の家が近いことは当然知っていた。
「うん! 明日が楽しみだよ」
「俺も……。楽しみだな」
悠がふんわりと微笑むように笑って、更に風でふわっと髪が持ち上がるものだから、紗奈は胸を撃ち抜かれてしまう。
「ずるい」と声にならない声を出して、悠を困惑させてしまった。それでも紗奈は悪くない。はずだ。