第24話 あなたは素敵な人だよ
見覚えのある人影は、義人を肩から降ろして頭を軽く撫でている。義人は今度こそ風船を手放さないように、ぎゅっと握りしめて…彼を見上げた。
「ありがとう」
「良かったな」
「うん!」
義人が嬉しそうに笑う。紗奈は二人にゆっくりと近づいた。
「悠くん……」
紗奈の声に、その人影が振り返る。
「ねーね!」
「……北川さん」
悠は紗奈を見ると動揺して、動きを止める。昨日泣かせてしまった罪悪感で、悠はキュッと唇を噛んだ。紗奈の方も、昨日の今日なので少し動揺していた。
「偶然だね」
「うん……」
「ありがとう。弟の風船、取ってくれて」
「ああ。いや、別に……。この子、北川さんの弟だったんだ」
悠はそう言うと、紗奈の後ろにいる真人に視線を合わせる。
「えっと……。こんにちは」
「こんにちは。俺からもありがとう。息子に優しくしてくれて」
「あ、いえ……。たまたま通りがかっただけなので」
本当は、昨日から気分が優れずにフラフラと散歩をしていた。父親が通っているビルが近くにあるので、たまに悠もこちらに来る事があるし、なによりも、紗奈と仲良くなるきっかけがこの公園だった。
紗奈の事を考えながら歩いていたので、もしかしたら偶然ではなく必然的に出会ってしまったのかもしれない。と悠は思い、ぐっと拳を握りしめる。
「折角友達と会ったんだから、話したらどう?」
紗奈の背を軽く支え、真人は微笑んだ。悠の動揺にも気がついているが、ニコリと圧のある笑顔で押し通す。
「義人。今度は離すんじゃないぞ? 家まで先に帰ろうな」
風船ごと義人を抱き抱えると、真人は「先に帰ってる」と紗奈に断りを入れて、本当に帰ってしまった。
。。。
どれくらい時間が経っただろうか。あれから暫くの間、二人は無言でベンチに座っている。
「あの、昨日のことだけど……」
紗奈がそう口を開くと、悠はあからさまにビクッと肩を揺らした。
「…ご、ごめん」
「え?」
「昨日はごめん……。変な事言って、傷つけたし」
「……うん」
紗奈はこくりと頷くと、悠を見つめた。
「悠くんは、自信が無いって言ってたけど。私は、悠くんが素敵な人だって思ってる。だから、悠くんが自分のことを悪く言うのは……傷つく」
紗奈の言葉に、悠はピクリと反応する。悠も、紗奈が見つめてくるその瞳を、驚きで大きく見開いた瞳で見つめ返した。確実に目は合っている。長い前髪に阻まれているが、紗奈にもそれがわかった。
「前にもからかわれたりしたし、事情はあるのかもしれないけど……。悠くんは今だって私の弟を助けてくれた、優しい人じゃない」
「あれくらいは、別に」
今度はいたたまれなくなって、目を逸らす。義人に声をかけたのは、泣きそうな顔でチラチラと公園の外を覗いていたからだし、それが無ければ風船を眺める姿を見つけたとしても、スルーしていたかもしれない。
「悠くんは優しい人なの! だから、あんまり自分の事悪く言ったりしないでほしいなって……思いました」
紗奈はそこまで言って、しゅんと肩を落とした。はっきりと泣いた所を見た訳では無いが、悠も傷ついたはずだから、また悠を傷つけてはいないか。と恐る恐る悠を見る。
「そう言ってくれるの、君だけだよ」
「それは、みんながあなたを知らないだけ」
「ありがとう。俺なんかに優しくしてくれて」
「俺なんかじゃないもん」
「あっ。ご、ごめん」
紗奈の不機嫌そうな声にハッとして、悠は口を押える。
「傷つくんだから……」
「癖みたいなものだから」
「…じゃあ、癖が治るまでずーっと、悠くんは素敵だよって言い続ける」
「え」
「悠くんは、とっても優しい人だよ。優しくて、素敵な人だよ」
じわじわと悠の頬が赤く染っていく。落ち着かない気分だ。
「やめて。恥ずかしい」
「えへへ。早く治してね?」
「なんでそこまでするんだよ」
「それは……」
「大したことしてないのに」
お互いに照れてしまって、また無言の空気が流れる。
「人助けなんて誰でも出来るでしょ。北川さんだって、野良猫を助けようとしてたし」
「助けたのは悠くんだけどね」
「あそこに君がいなかったら、俺は助けたりしなかった」
「でも、きっと気がついていたら助けてたと思うなあ……」
確信でもしているかのような言い方に、悠は照れくさくなって頭をかいた。
そんなことは無い。と思ったが、紗奈がそう信じるのなら、今後は本当に優しい人にもなれそうだった。