第20話 不相応
※今回はトラウマによる発作のシーンが含まれております。また、人によっては(特に食事中の方)不快に思う描写が含まれているかと思います。
これらの描写が苦手な方はそっと閉じることを推奨致します。
※今回はトラウマによる発作のシーンが含まれております。また、人によっては(特に食事中の方)不快に思う描写が含まれているかと思います。
これらの描写が苦手な方はそっと閉じることを推奨致します。
「ごめんなさい」
すっかり涙も引っ込んだ頃、今度は羞恥がぶわっと押し寄せてきて、紗奈は別の意味で泣きたくなった。
「あの、お見苦しいところをお見せしました……。しかも転びそうになるし」
恥ずかしそうに赤く染まった頬を押さえ、紗奈は謝罪した。
「別にいいよ。あの本、ちょっと子どもっぽいだろ? あんなに気に入ってくれて、俺も嬉しいし」
「素敵な本だよ。きっと作家さん、優しい気持ちで書いたんだろうねえ」
紗奈がニッコリ笑って、言う。それがまた嬉しかった。自分の母親の作品が、そんな風に評価されるだなんて思ってもいなかったのだ。悠は胸をぎゅっと押さえ、微笑む。
「……ありがとう」
「ううん。私の方こそ。素敵な作品を貸してくれてありがとう!」
悠の胸はまたドキドキしてきて、熱くて、恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しかった。
「俺、本を戻してくるよ。もういい時間だろ?」
ずっとここにいた。今は夕方の四時半だ。悠は熱くなった顔や胸の高鳴りを鎮めるために、一旦ここを離れることにした。
「うん」
紗奈を置いて部屋を出ていくと、全然集中出来ずに読めなかった本を、元の本棚に戻した。
その帰りに、ついでだからとトイレに立ち寄って、悠はハッとする。
(こんな奴が彼女にドキドキしたり…なんて、不相応だな)
前髪を軽くつまんでみるが、見えた瞳はどこか虚ろで、痛々しい。
悠はこの顔を、他人に注目されることを嫌う。見た目と中身が伴っていないと感じる。惨めになる。悠は見た目だけで自分を評価されるのは、気に食わないのだ。
もしかしたら、紗奈はこの顔を見せたら好きになってくれるかもしれない。なんて考えて……。
ググッ
そんな紗奈を想像した途端、喉奥から嫌なモノが込み上げてくる。器官がキュッと詰まるような……そんな感覚に、悠は息が出来なくなってしまう。
(思い出すな……っ!)
昔を思い出す。周りからの視線が全て嫌なものに感じた昔のことを……。
服が破かれ、本を破かれ、暴言を浴びせられ……最後は……。
ぴちょん
と跳ねる水音。蛇口を最後まで捻りきっていなかったせいだった。それを聞いて、悠は更に記憶の奥底に沈んでいくような感覚を覚えた。
暗くてドロドロしていて…冷たい水の中……。
頭をぶんぶんと振って、嫌な想像を振り払おうとする。しかし、一度考えてしまった嫌な想像が、なかなか消えてくれない。
苦しい……。目の前が濁っていて何も見えない。自分がどこにいるのかすら…わからない。吐き出された気泡が上昇していく。いくら手を伸ばしても、そこへは届かなかった……。
「…はっ……ぁっ…あぁっ…」
ゴポッ
一気にせり上がってくる嫌なモノ。それが悠の身体の限界値を越えた。
「おえぇっ……」
(もう許して…もう俺を見ないで……)
。。。
かなりの時間をかけ、冷静になってきた悠は、もう一度自分の顔を鏡で確認すると、嘲笑する。人形のように綺麗だが、濁った瞳をした、酷い顔だった。
(彼女は違う…きっと……)
たとえ、この端麗な顔のおかげで紗奈の心を手に入れても、何も嬉しくなかったし、優しくしてくれた彼女を、悠が嫌う見た目だけを評価するような人。だと思いたくもなかった。
(優しい彼女は…違うんだ)
だから、悠は自分にそう言い聞かせる。
深呼吸を何度か繰り返し、やっとトイレから動き出すことが出来た。