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第18話 図書館デート

 待ちに待った土曜日。


 紗奈は、母と一緒に選んだカジュアルな水色のワンピースを着て、いつもよりも低めの位置に髪を二つ結びにする。袖は七分袖だが、靴は夏らしい白のサンダルである。


 涼しくなってきてはいるが、まだ暑い日も多い今の季節にはピッタリな装いだった。


「えっと、本を借りるから少し大きめのバッグにして……。お財布と、スマホと、ハンカチは……。貰ったハンカチだと意識してるみたいかな? でも…うーん……」


 昨日の夜に決めたものを鞄に入れるだけなのに、紗奈は迷って迷って仕方がない。


 結局、貰ったハンカチは見られた時に照れてしまう気がしたので、無地のシンプルなハンカチを用意した。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「ねーね。行ってらっしゃーい」


 由美と積み木で遊んでいた義人が積み木ごとぶんぶんと手を振り、由美が慌てる。


「ふふ。義人くん。行ってきます」


 積み木を持つ手をキュッと一度握ってから、紗奈はマンションを後にした。


。。。


 図書館が近づくにつれて、ドキドキと胸が高鳴るのを感じる。待ち合わせ場所は、図書館の七階だ。


 図書館内に入った紗奈は、エレベーターに乗り込み、七階のボタンを押す。


 上がっている間も、紗奈の心臓はずっとうるさかった。エレベーターの窓ガラスで軽く前髪を確認している間に、目的地に着く。


 悠は既に来ていて、エレベーターからよく見える位置に、本を読みながら立っていた。


(私服……。悠くんって、意外とおしゃれさんなんだ……)


 悠は、赤と黒のチェックのシャツの上に、白に近いベージュのベストを着ている。下は黒のスラックスで、全体的に見ると落ち着いた雰囲気だった。


「悠くん……」

「ん。北川さん」

「待たせてごめんね」

「時間通りでしょ。個室はもう取ってあるから、こっち」

「あ、うん。ありがとう」


 複数人で使える個室は、数は少ないが、なかなかに広い。悠が持っている番号の書かれたカードを扉横の器械に差し込むと、扉のロックが解除された。


「は、初めて入った……」

「個人スペースだと落ち着いて作業ができるから、自習にもおすすめだよ」

「そうなんだ。よく来るの?」

「たまに……」


 悠が促してくれたソファに腰掛けると、紗奈は驚いた。図書館に付属されている物なのに、なんだかふかふかしていて家の中でくつろいでいるかのような感覚である。


「すごい。寝れちゃいそう」

「寝たらおいて帰るからね」

「ほ、本当には寝ないよ」


 悠がそばにいるのに、緊張して眠れるはずがなかった。しかし、このソファは本当に眠気を誘ってくるので、紗奈は困ってしまう。


「こっちに座る? 普通の椅子だから」


 小さなテーブルの前には椅子が二つ。横並びは流石にスペースの問題で難しいのか、斜め向かいに置いてある。


「う、うん」


 これはこれで距離が近いので、紗奈はさっきからずっと、緊張しっぱなしである。


「はい。これ……」

「ありがとう」


 悠に差し出された本は、表紙が可愛らしくて児童書にも見える。悠の持っているあのキーホルダーの羊の絵も描かれていた。


 しかし、表紙は可愛いが内容はきちっと活字だ。少し開いただけだが、読み応えがありそうな雰囲気だった。


「そんなに厚くはないから、すぐに読み終わると思うよ」

「う、うん……」

「どうする? ここで読んでいく? 返すのはいつでもいいけど」


 悠は本当に渡すだけのつもりだったらしい。このままでは出ていってしまいそうだ。


「あの、悠くんは今日、忙しい…?」

「別に…予定はないけど。」


 それならば、と紗奈はもじもじしながら悠を見上げる。


 座っている紗奈の角度からは、立っている悠の瞳が少しだけ見える。前髪が長いのでほとんど影になっているが、(綺麗な瞳だなあ)と、無意識に見つめてしまっていた。


「どうしたの?」

「あ。え、えっと……。予定がないなら、もう少し一緒にいたいな。なんて…………思って」


 紗奈があんまり照れた表情で言うので、悠は嫌でも意識してしまった。驚いて目を見開いているし、声も出ない。顔だけが妙に熱を帯びていくのを感じる。


「もちろん、強制では無いのよ? これは私のわがままと言うか……」


 悠が返事をしないでいたから、紗奈は沈黙の気まずさに焦ってしまう。一緒にいたいだなんて迷惑だったかもしれない。と思ってしまったのだ。それに、告白をしてしまったようで、恥ずかしくもあった。


「いや。そもそも、図書館に誘ったのは俺だからな」


 悠はそう言うと、ストンと席に座る。紗奈が慌てるから、多少は冷静になれたようだった。


「いいの……?」

「どうして? 良くなかったなら、最初から君に本を貸したりしない」


 口元が優しく笑みを作るので、紗奈の胸は先程とは別の意味でトクンと跳ねる。


 羞恥ではなく、彼に惹かれているのだと自覚はある。嬉しくて、紗奈はだらしない表情にならないようにキュッと唇を噛んで顔を引きしめた。

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