第16話 着ていく服
放課後、家に帰った紗奈はそそくさと部屋に戻って部屋着に着替えると、ドキドキと胸を高鳴らせながらスマホを手に取った。
『ありがとう! 借りる時だけど、学校だと人目に付くから嫌だよね?』
そうメッセージを送った後、またほしのねこかなあ? なんて考えていたら、悠から返事が届いた。
『市立図書館に個室があるのを知ってる?』
近所の市立図書館は広い。七階建ての図書館で、最上階にはゆっくり本を読める個人スペースがいくつか設置されている。
『うん。わかるよ』
『土曜にそこで渡すよ。来れる?』
『土曜』という文字を見て、まるでデートみたいだ。と思い、紗奈はそわそわしてしまう。
返事に時間をかけていると、先に向こうからメッセージが届いた。
『ごめん。休日に会うのは嫌だよな』
それを見た紗奈は、慌てて返事を返す。
『会いたいです!』
送ってから恥ずかしくなる。素直に会いたいだなんて送ってしまった。どんな返事が来るのだろうか。
紗奈はドキドキしながら、スマホを両手で遠ざけつつも、しっかりと眺めて待った。
長いこと待ってから、また返事が届く。通知音を聞いて一気にスマホを顔に近づけて、紗奈は食い入るように悠の返事を確認した。
『そしたら、一時頃に図書館の七階で』
ぱあっと明るい顔で、紗奈はささっと文字を打ち込んだ。
『うん。楽しみにしてるね!』
紗奈はそうメッセージを送った後、ベッドに倒れ込んでごろごろと悶える。
「嬉しい…っ! 服はどうしようかなあ……?」
紗奈の服の趣味はどこか幼い。昔から童話好きだったこともあり、リボンやフリルが多い方が好みである。
他の服も持っているが、友達と遊びに行く時に着る服はシンプルなものばかり。せっかく好きな人と出かけるのなら可愛い服を着たい。と思った。
紗奈は部屋を出てリビングを覗く。丁度母である由美が取り込んだ洗濯物を畳んでいるところだった。
その少し離れたところで、弟の義人が昼寝をしているので、紗奈はそろっと足音を立てなないように由美の傍まで移動する。
「お母さん……」
「どうしたの?」
「あ、あのね。服が欲しいなあって…。」
紗奈がもじもじしながらそう聞くと、由美はこてんと首を傾げた。
「服? どうしたの? 急に」
「えっと…私の持ってる服、中学三年生が着るにはちょっと恥ずかしいかなー、なんて。」
子どもっぽいか芋っぽいかの二択。紗奈は恥ずかしそうに指をもじもじとさせて、由美を見つめる。
「そうねえ。いつ着たいの?」
「土曜日に」
「ふうん? あおいちゃん?」
「えっと……違う」
「菖蒲くん?」
「ううん」
紗奈がふるふると首を振るので、由美は紗奈を手招いて近くに座らせる。
「好きな子でもできた?」
そっと抱き寄せてそう聞くと、紗奈は赤い顔でこくりと頷く。
「あのね、ハンカチのプレゼントをくれた子なの」
「ああ。あの可愛らしいハンカチの……」
由美は、紗奈が貰ってきた花柄のハンカチを思い出す。紗奈の好みに合った雰囲気で、センスのいいプレゼントをくれる相手だ。と思っていた。
「うん。その子のこと、もっとたくさん知りたいなって思って……。本を貸してくれるって言うから、土曜日に図書館で会う約束をしたの」
「ふふ。そっか。お父さんと王子様と結婚するんだって、小さい頃は言ってたのにね」
「お父さんのことは今も好きだよ。でも、家族の好きだし、お父さんはお母さんの旦那さんだから。それに……」
紗奈はまた照れくさそうに指を遊ばせる。言いにくそうにしている紗奈を見て、由美はくすくす笑ってこう言った。
「紗奈にとっては王子様なのね」
「あ、う、うん……。ちょこっとぶっきらぼうなんだけど、優しいところもあって、絵本の王子様みたいに、困ってたら助けてくれたんだよ!」
「素敵な人なんだ。いいわよ。明日の放課後にでも、服を買いに行きましょうか。その代わり、今日はお手伝いしてよね?」
「うん! 服畳むの手伝うよ。あ、今日はご飯、なあに?」
「カレーよ」
「わあ。お母さんのカレー、好き」
紗奈は頬を両手で包んで満面の笑みになる。昔はほっぺが落ちる。と本当に思い込んでいたので、癖のようなものだった。
「そうでしょ? お父さんも好きな味なのよ」
そう言った由美の頬に赤みがさして、紗奈は仲良しな両親ににっこりと微笑む。
「お父さんは私のお料理無しじゃ駄目なんだから。紗奈も、その子の胃袋掴めるように勉強しなきゃね?」
「うん!」
いつか料理を勉強したら、悠に食べてもらえる日が来るのかな……。なんて想像をして、紗奈は頬を染めて可愛らしくはにかむ。