【閑話】 白鳥家での会話
白鳥家のダイニングにて、夜ご飯を食べている最中に、菖蒲の母親である茉莉が突然こんなことを聞いてきた。
「買い物帰りに、下の階に住んでる奥様に聞いたんだけどね。菖蒲あんた…いつから紗奈ちゃんと付き合ってんの?」
「ぶっ!」
「ええっ!?」
菖蒲は危うくご飯を全部吹き出しそうになったし、ビールを飲んでいた菖蒲の父、幸雄は驚いてビールの入ったグラスを落としてしまうところだった。
「付き合ってねえよっ!」
と思い切り否定したが、茉莉は納得していないようだ。眉を寄せて首を傾げている。
「えー? でも、エントランスに照れた様子で二人並んでいたって聞いたわよ?」
「それは、あいつが気になる奴からの手紙を俺の前で開封するもんだから……」
と言うと、今度は幸雄の方が興味を持ったらしく、顎に手を当てて楽しげに笑みを浮かべた。
「へえ? 紗奈ちゃんにも、ついに好きな人が出来たんだ?」
「…らしい」
「そうだよなあ。お父さんと結婚する。なんて言ってたあの子が、まさか菖蒲なんか相手にするわけないもんなあ!」
けらけらと笑う幸雄に、菖蒲はイラッとしてしまう。ジト目で幸雄を睨んだ。
「息子にそーゆーこと言うか? 普通」
「私とお父さんの顔を受け継いだんだもの。諦めなさい」
「茉莉も可愛いんだけどなあ…。相手がミスコン優勝者の由美ちゃんと、学年一のモテ男だった真人の娘だって言うんじゃねえ……? 悪いな。イケメンに生んでやれなくて」
「別にイケメンに生まれたかったわけじゃないけど……」
思春期を迎えた菖蒲は、面と向かっては言えないが、両親に対しての愛情は持っている。生んでくれたことに感謝もしている。
恥ずかしいから絶対に言わないのだが。
「でも、菖蒲もいつか俺たちみたいに運命的な出会いをするかもしれないぞ?」
「そうよ。まさか働いてたカフェで、客からアプローチを受けるなんてねえ……」
「俺はずっと茉莉目当てであのカフェ通ってたんだよなあ……。懐かしい」
この話になると、先が長い。菖蒲はそれをわかっているので、先手を打つ。
「何度も聞いたから! 知ってるから!」
「あら。何度だって聞いてもらいたいのに」
「仕方ないな。今日は勘弁してやろう。もうすぐ結婚記念日もあるしそこでたっぷり…な?」
幸雄はそう言うと、ビールを一口飲んでから話を元に戻す。
「で、紗奈ちゃんの好きな子ってどんな男なの? やっぱりイケメン?」
「知らない。でも多分……?」
悠の顔は、前髪が長いせいで瞳が見えていない。しかし、鼻筋や口の形なんかは整っているように見えるのだ。
だからこそ、余計に顔を隠していることを不気味に感じる。菖蒲が苦手に思う理由の一つでもあった。
何を考えているのかわからないと思うことが多いのだ。
「知らないって……。同じ学校の子じゃないの? クラスが別とか?」
「いや。俺のクラスメイト」
「はあ?」
それならどうして? と幸雄が訝る。
「顔隠してんだもん。前髪で目、見えねえの」
「名前は?」
「小澤悠」
「…ふーん? 紗奈ちゃんのことだし、なんか考えがあるんだろうな」
幸雄はそう言うと、飲みかけのビールを飲み干す。すぐに唐揚げを一つ口にして、「美味ぁっ!」と感嘆の声を漏らした。
「性格は? 優しい子? やっぱり親友の娘には幸せになって欲しいわ」
「俺はあんまり仲良くないし、知らない」
「そうなの?」
「無愛想だし、何考えてるのかわからないから、ちょっと喋りづらいんだよね。紗奈は優しいとか、頼りになるとか言ってたけど」
律儀なところもある。と菖蒲も知ってはいるし、悪い男ではないのだろうが……。別に積極的に話しかける気にはならない。菖蒲にとってはそんな相手だ。
「小澤悠…ね」
幸雄はビールのおかわりを飲みつつ、そう呟いた。
「知ってるの?」
「いや? 別に」
「いくら親父が情報通でも、流石に知らないと思うよ。あいつ、目立つの嫌いらしいし。学校でも存在感ねえもん」
「…そっか」
そう呟いた幸雄の表情は何故だか悲しげに見えた。