第14話 羊のキャラクター
一方、悠はリビングでやり取りをしていたせいで、両親から冷やかされてしまう。
両親ともに、仕事はインターネット環境さえあればどこででも出来るため、家にいることがほとんどなのだ。
「女の子じゃないの!」
「やるなあ。付き合ってるの?」
「違う。こんな地味な見た目の奴。普通相手にしないだろ」
と反論をするが、母に思い切り前髪をあげられてしまった。
「俺と母さんの血を受け継いでいるんだ。お前は美形に決まっているだろう」
「そうよ、悠……。あなたは私達の自慢の息子なんだから」
「……それは、ありがたいけど」
悠は唇を尖らせて、さっと前髪を手でなおす。
悠の母親は素朴な美人と言った感じで、メイク無しでも十人に聞けば七割以上は美人である。と答えてくれる容姿をしているし、父親の方もモデルのようなスラッとした体型に、爽やかで甘いルックスをしている美丈夫である。
「本当にそういう関係じゃない。ほら、話しただろ。これを手当してくれた子だよ。本当に接点はそれだけ」
傷は治りかけているが、念の為に大きめの絆創膏を手の甲につけている。それを掲げると、母が大袈裟に肩を落とす。
「そうなの…? 残念だわ。いいネタになりそうなのに……」
「息子の人生を世間に発信しないでくれる?」
悠の母親、小澤真陽は小説家だ。ペンネームは旧姓の木村を使って、木村真昼である。漢字を『昼』にしたのは、こちらの方が可愛いから。だそうだ。本人がインタビューでそう答えていた。
「ちゃんと誰のことか分からないように書くわよ」
「そういうことじゃないし……。もう今更だからいいや。俺部屋に戻るからね」
悠は拗ねるようにしてリビングを後にする。
悠の部屋は少々特殊で、部屋のそのまた奥に一つ扉があり、その向こう側が寝室になっている。
悠は寝室に入ってベッドに座ると、両親とのやり取りの間に来ていたメッセージを確認することにした。
『スタンプの羊さん、何かのキャラクターなの?』
自分の部屋を見渡して、悠はベッドの隅に置いてある、スタンプと同じ羊のぬいぐるみを抱いた。
『そうだよ。北川さんは木村真昼って知ってる?』
この羊は、悠が小さい頃に母親が書いた作品のマスコットキャラクターだった。
悠が持っている羊のぬいぐるみキーホルダーも、今抱いているぬいぐるみも、全て母から貰ったグッズだ。
この羊が出てくる作品は、引っ込み思案な女の子が主人公で、大切にしている羊のマスコットが夢の中で勇気を出す手伝いをしてくれる。という内容。
中学、高校に通う女子に割かし人気があった作品だった。と言っても昔の作品なので、当時中学生だった女子も今や立派な大学生…あるいは社会人になっていることだろう。
『ごめんなさい。知らないわ』
悠は返ってきたメッセージを見て、小さく笑う。
「ふふ。そっか……」
そう呟いたあと、羊のぬいぐるみをギュッと抱きしめて、返事を送った。
『羊の作品を作った小説家』
『そうなのね! なんて作品? まだ本屋さんにあるかしら』
読んでくれるのか。と、どこか暖かい気持ちになる。そして同時に、少し怖かった。
何故、こんなにも地味な自分に話しかけたがるのか。優しくしてくれるのか……。
クラスメイト達は関わりたがらないか、からかってくるかの二択なのに。と、そう思う。
『古い本だからどうかな』
そう返したら、返事が返ってこなくなってしまった。
悠は「ふっ…」と自嘲して、ベッドに寝転がる。そのまま眠ってしまったようで、朝に改めてスマホを見た時に驚くことになった……。