対人訓練……対犬訓練
邪神クリニックに初のお客さんを迎えた次の日。つまり武装豆柴というとんでも体験をした次の日でもある。
当初学園長は、一年生である、俺らの訓練相手にしかならないなと考えていた様だ。まあそれもそうだろう。上級生たちは戦闘会の悪しき風習である、対人戦闘万歳に染まり切っており、やたらと対武器だったり対異能者だったりが得意なのだ。学園長が嘆くのも分からんでもない。異能者の強化を目的とされた戦闘会で、対妖異ではなく対人が得意になるとは本末転倒極まっている。
そのせいで俺はまだ会ってないけれど、他の学生より強いから俺が上だって考えの奴もいるらしい。妖異を倒して誇ってくれ。妖異を。
おっと思考がそれてしまった。とにかく学園長は豆柴を、まだ未熟な一年生には使えても、上級生に使うには弱いと判断していたのだ。
しかしそこは邪神クリニック。あの可愛らしい豆柴は強化され、最上級生はきついがそれ以外なら十分戦えるスペックに強化された。した。勝手に。さーせん学園長。
ま、まあでも学園長も新生犬君の強さに満足していたから、終わり良ければ総て良し。
てなわけで、犬君のデビューが今日行われる事となっているのだ。
◆
◆
丁度授業の空いたコマと犬君のデビューが重なったため、こっそりお姉様と犬君の応援に来ていた。
だがお姉様は……
「ふう、大丈夫よ私。昨日見たじゃない。変な強化してないわよねあなた?」
「勿論ですお姉様!」
昨日お姉様の笑いのツボに直撃した、犬君の丸っこい豆柴顔。それが一日たった今でも尾を引いている様で、始まる前から何やら覚悟を決めているご様子だ。
でもお姉様ご安心ください! 犬君はそりゃもう凶悪な顔付きになっているので、昨日のような事にはならないです!
「それでは始まるぞ。最初は佐々木だ」
「はい」
あ、てめえ爽やかイケメン三又幼馴染ハーレム先輩! よかったな顔色いいじゃねえか。嫁さん達のポイズンクッキングは矯正されたようだな。俺の呪いがちょっとは役に立ったようで何よりだ。でもそれはそれこれはこれ。もげろ。犬君こいつの股間を狙ってね。
「それでは式神起動」
さあ犬君! その凶相を皆に見せつける時だ!
『は?』
ぼふんと出て来たの犬君。その顔を見よ。
鋭い目つき、皺皺な皮膚。短い鼻。出っ張った顎。
「ぷふうううっ。あなたっ。ぷふ。ぷぷぷ。変な、ぷふ。変な強化してないって言ったじゃない。ぷっ」
でもお姉様のツボに再びクリーンヒットしたらしい。お腹を抱えて俯いて、その長い髪で隠れたお顔から笑いを我慢している声が聞こえてくる。
おかしいな、犬君も大満足な顔になったのに。
『ブルドッグ?』
そう。犬君は、まさに
「ぷふ。ブ、ブルドッグが、ぷ、鎧に槍って、ぷふふ」
しかもである。犬君は豆柴の時と同様に二本足でちゃんと得物を持っている上に、鎧も纏っているまさに武士。このまま関ヶ原の合戦に参戦したって大丈夫だろう。
「ばうっ!」
「はやっ!?」
そんな犬君に呆気に取られていた爽やか先輩だが、犬君が繰り出した目にも止まらぬ槍の突きに大いに焦り後方へ退く。
こんだけいかつい顔なんだ。そりゃ腕前も相当なものだと分かりそうなもんなんだが、なっちゃいないな爽やか先輩。
「ばうばうばうっ!」
犬君が突く突く突く。
ああ分かったぞ。犬君の体ががっしり太めだから、動きも遅いと思ったんだな。甘いぞ爽やか先輩。イヌ科なんだから、早いに決まってるでしょうが。まあ、ブルドッグは確かに速さはあれだけど、中身はドーベルマンも真っ青なのだ。
「四気合体破魔咆哮!」
むうっ浄力の範囲攻撃か! あの先輩、前から思ってたけど、絆の強い人間からちょっとだけ力を受け取れるんだな。その力がハーレム由来だから、そんなに恨みを受けてんだぞ自重しろ!
だがあまーい!
「どこへ!?」
犬君が訓練場から一瞬にして消え失せ、爽やか先輩が慌てて周囲を見渡すが、まさに影も形も、いや、影だ。
「ばうっ!」
「影からっ!?」
「忍者になってるぞ!」
「槍だけじゃないのか!?」
爽やか先輩の陰から飛び出したのは、忍者服に着替えて苦無を持った犬君。そんな苦無がギラリと光りながら爽やか先輩に吸い込まれ……
「くっ」
おっとやるな。間一髪で躱しやがった。しかも距離を稼がられた。
「ばうっ!」
「そんな馬鹿な!?」
お、先輩うまいこと言いますね。犬君が更なる速さを手に入れたが、その速さとは。
「ヒヒーン!」
馬である。鹿はいないけど。
「どっから出た!?」
「犬が馬に!?」
犬が馬に乗ってもいいじゃないですか先輩方。見てくださいよ、あの戦慣れした様な貫禄のある顔。
「ばうっ!」
あれこそ騎馬犬君!
「しかも早い!」
「いきなりトップスピードだ!」
そうです。学園長から聞いた、一番やばい時の首無しライダーを元にして、騎馬犬君の馬は瞬時にトップスピードに入れる。流石に時速200kmとは言わないが、150kmくらいは出てるんじゃなかろうか。
「四気破砕拳!?」
「ヒヒーーーン!」
「あの速度で横に!? ぐわっ!?」
だーっはっはっは! 式神符なんだぜぇ。普通の生物と同じ訳ねえだろ! そのまま横っ飛びだって余裕余裕! そして馬に轢かれてやんの。ハーレム野郎ざまあ。だーっはっはっは!
おっほん。ちょっとテンション上がってしまった。反省。
「龍太!?」
「来るな! 僕はまだ戦える!」
心配した幼馴染娘達だ! もげろおおおおおお! 犬君股間を潰せえええええ!
おっほん。
「ばうっ!」
犬君が騎馬状態を解除してから刀を構える。
そうです犬君。股間です。股間を狙うのです。これぞ秘剣一之太刀。
「ばうっ!」
って首を狙ったあああ! 犬君、豆柴の時から殺意に溢れすぎだろ!
「おおおお! 四気合体破邪滅倒!」
「ばうっ!?」
あ、あの技はああああ!? 大分前の模擬戦で俺様を溶かしかけた浄力ビーム!? 犬君避けろおおおお!
「くぅん……」
あ駄目だわ。ビームが早すぎて影に潜る暇がなかった。犬君が新人類、じゃねえな。新犬類なら勘で避けれたのに。
浄力ビームが直撃した犬君は、哀れにも元の式符に戻ってしまうのであった。って離れて見て思ったけど、あんなの俺にぶっ放したの? そりゃもうふっといビームだったよ。
「やったね龍太!」
「もう、心配かけさせないでよ」
「はいタオル」
犬君に勝利した爽やか先輩に駆け寄るポイズンマスターたち。ぐぎぎぎぎ、憎しみで人を殺せたら……!
「終わったら早く降りろ。次が待ってる」
そんな奴等に慣れ切っているのか、教師もはいはいといった感じで対処している。つまりこれが普段通り? マジで今なら憎しみで人を殺せそうだ。
「では次」
む、次は刀使いか。犬君頑張えー。
◆
「薙刀!?」
「ばうっ」
ふははは! リーチの差というものをたっぷり教えてあげるんだ犬君!
◆
「空からなら!」
あっやる奴いるかもと思ってたけど、空中からなんざ卑怯だぞ!
「ばうっ」
「ぐあっ!?」
ぷぷぷぷ。油断しやがったな。一体いつから犬君の得物に飛び道具が無いと思っていたんだ?
「弓まで使えるのか!?」
「一体幾つ武器を持っているんだ」
弓だけじゃありませんよ皆さん。
ターン
「ぐっ!?」
何かの炸裂音が訓練場に響く。
「ひ、火縄銃!?」
そう、犬君は銃の扱いだってお手のものなのだ。しかも対異能者用に、弾速は現行の銃器を上回っている。火縄銃なのに。まあ、威力は今基準でもかなりのモノならしいけど、それプラス弾速と精度も獲得しているのだ。
「ごはっ」
哀れ卑怯な輩は墜落して、訓練場から叩き出されるのであった。
全く、相手の土俵で戦わないなんてそれでも異能者か!
◆
「ふう落ち着いたわ」
「お疲れ様ですお姉様」
「全く、誰のせいで疲れたのかしら」
「あいてっ。でへへ」
かなりの数が犬君にしばかれた時、お姉様が復活を遂げられたが、なぜか霊力でデコピンされてしまった。でへへ。
「く、鎖鎌!?」
おっと、ついに犬君に渡した武器全てがお披露目された様だ。生徒の腕に鎖が絡みついている。
「武芸十八般の幾つかを仕込んだのね」
「はい!」
そう、お姉様の言う通り、犬君には武芸十八般の八つ、弓、槍、馬、剣、長刀、砲、忍、鎖鎌を仕込んでいるのだ。でも水泳術やらで戦うのは無理だから仕込んでない。あくまで犬君は対人訓練用の式符なのだ。対犬?
「ぐはっ」
おっと、訓練場にいた先輩が鎌でぐさりとやられた。やっぱり首を狙うのね犬君……。
いやあ、あのつぶらな瞳の豆柴が、よくぞここまで貫禄ある姿になったものだ。
「それで実戦テストはどうするの?」
「どうしましょうか」
だがそこは邪神ブラックカンパニー。今までの蜘蛛君の牛鬼、猿君の阿修羅の様に、犬君にも更なる第二形態が存在していた。だがあれは学生には酷だし、訓練場での使用はいまいち実戦テストとは言い難い。
「適当な奴等がいたらいいんですけど」
「そうね」
うーむ。どこかにぶっ殺してもいい奴がいないかなあ。