アーサー2
「なんだ!?」
「光が!?」
「眩しい!」
激しい雨のイギリスで彼等は見た。
曇天を吹き飛ばして地に落ちた一筋の輝く光を。
「ありゃ一体何だったんだ?」
「近くに落ちたみたいだ。見に行ってみよう」
最初の発見者は、その光を隕石かと思って探そうとした物好き達である。
「え? え?」
「嘘だ……」
「こ、こんな事が……」
「ま、ま、まさか」
雨上がりの虹の下。単なる草地であったその場所には、小さな泉が出来上がっていた。そこまではいい。そこまでは。
では何が問題なのか。
イギリス人には、ブリテン人には大きな、とてつもなく大きな問題。
泉の真ん中に突き出ている岩に、あれが刺さっていたのだ。いや、あれとは限らない。しかしである。誰がどう考えてもあれなのだ。泉に、なんの装飾もない、美術的価値も無さそうな剣。だが岩に刺さった剣がある。しかもこのブリテンの地に。
物好き達の導き出した答えは当然一つ。あり得ないと何度考えても、結局は一つ。
面白いのは、野次馬根性で落ちたものの正体を突き止めてやろうと思っていた物好き達が、曇天から差し込んだ光を浴びた剣と、その周りの泉が畏れ多過ぎて、泉に足を踏み入れるどころか誰一人近寄れなかった事だろう。そして万が一正体を突き止めて、あれがあれではなかったらどうしようと恐れもしていた。そのため彼等は、このままこの地を封鎖して、あの剣をあの剣として伝えていけばいいじゃないかとすら思っていた。
「なんてこった……」
「神よ……」
それは後から追いついた者達も同じ気持ちであった。中には跪いて神に祈っている者もいた。
しかし、どうしても好奇心が勝ってしまう者もいた。そんな彼が持っていたのは、趣味の野鳥観察で使っていた双眼鏡である。それを使って剣を詳しく見ようと覗き込む。そして彼は息をのんだ。心臓も狂ったように早鐘を打つ。
皆が石に突き刺さった剣しか見えていなかったが、その岩には何かが刻まれていた。その文字は
【返還されし剣を再び与える。この剣を抜きし者こそ真の"アーサー"である。此度は王ではなく、騎士として民を守る者であれ】
と記されていたのだ。
「お、おい!?」
「大丈夫か!?」
「何を見たんだ!?」
「うーん……」
「また倒れたぞ!」
当然と言うか、これを双眼鏡で見た者はその場で卒倒して病院へ直行する事になり、地面へ落ちた双眼鏡を手に取って、同じ様に覗き込んだ者も卒倒した。このサイクルで大体20人程が病院へ送り込まれたと言われている。
そして時間が経つにつれて、SNSや動画投稿サイトに上げられたこの光景を見ようと、付近の人間が大勢が押しかけて来た。それこそ付近の街や村が空っぽになるほど。しかし、それでもやはり誰も泉に近づけない。今だ虹の下に、そして曇天の中、日の光で輝く剣が畏れ多すぎたのだ。
「ゆ、夢か?」
「本物か? いや、いやいや」
暫くするとヘリコプターで軍がこの地にやって来た。騒動を収めようと派遣されたのだが、彼等の方もそれどころでは無い。ただ言葉もなくその剣に釘付けであった。
更に暫く、夜になっても虹は消えず、何故か月の光が可視化されて天から剣に照らす頃には、ひょっとしてイギリス中から人がやって来たのではないかという程人の群れがその地にやって来ていた。
「だから何度も言ってるでしょう! あれは間違いなく本物です!」
軍の上層部ではとんでもない喧騒となっていた。現地にいる軍人はあの剣をどうこうする事は、イギリス人として絶対に許容できないと主張し、後方の司令部はせめて隠すなりなんなりしないと収拾が付かないと主張する者達とで大論争となっていたのだ。偽物だから引っこ抜いてしまえと言った高級軍人に、現地の司令官は直接見てまだそれを言ったら決闘だと罵り合ってもいた。
「小官も確認しましたが、あれは間違いないでしょう」
「うむ」
そんな中やって来た軍の特殊部隊も現地の司令官に同調し、あろうことか軍司令部直属の特殊部隊が命令不服従となる始末である。
「あ、そうだ」
そんな中、軍司令部でとんちを効かせた者がいた。記された言葉が正しければ、その剣は抜かれるためにあの場にあるのだ。だからそれに従った後一旦陛下に献上し、そののち相応しい者に下賜して貰おうと発言したのだ。
「うーむ……」
この発言はかなり効いた。文面の引き抜けるものは真のアーサーという部分にさえ目を瞑れば、栄えある大英帝国の王室に献上した後、その民を守るアーサー選び下賜して頂くのはイギリス軍人としてそれほど矛盾が無いように思えたのだ。
しかしイギリス軍人としての論理的問題を片付けても、一番の問題はその剣を本物だと確信している現地の兵達にとって、相応しくない者はそもそも抜けないのではないかという懸念、いや確信であった。
「選抜出来るか?」
「何名かピックアップすることは出来ます」
「一応試してみるか……」
だがそこは名誉あるイギリス軍人。誰も相応しい者が居ないとはならなかった。おかしな話だが、剣に失礼が無いように、特に厳選された中で更に選抜された者が、靴も靴下も脱いで泉に足を踏み入れた。その時の彼の心境は、抜けたらどうしようでも、いや抜けないだろうでもなく、どうして全身消毒をする設備がこの場に無いのだ。であった。
そして泉から突き出た岩の前に彼がやって来ると、報道ヘリや大勢のイギリス人が見守る中、その剣の柄に手を伸ばして、剣を岩から引き抜こうとした。だがである。やはりというか剣は岩から抜けなかった。
『ふう』
その時の周りの反応と言ったら。落胆ではなく、安堵のため息を全員が吐いていた。皆無意識に思っていたのだ。あの剣が簡単に抜けるはずが無いと。
「異能力を使用してみてくれ。一応だ。一応」
そんな中、その兵士に異能力に反応するかもしれないから、体を強化してみろと指示が出される。彼は頷いて指示に従ったものの、そして一応指示を出した者も、そんな事で抜けるはずが無いと確信していた。相応しい者が手に取ったなら、するりと抜けるのがあの剣だと。
そして体を強化して再び剣を引き抜こうとしたものの、やはり岩から抜ける気配は全くない。兵士はそれにむしろ満足して泉に足を踏み入れ帰還した。
「やはりですな」
「うむ。そういうものなのだろう」
「はい」
「その通りですな」
彼が失敗して、ある意味成功して、現地の指令所はやっぱりなという雰囲気に包まれていた。尤もこちらも兵士と同じで、どこか満足しているような雰囲気を漂わしていたが。だが一応確認はしないといけないと、選抜された者達が一人ずつ泉に送り込まれるが、やはり全員が失敗してしまった。
「やはり当初の予定通り、この場を出来るだけ保存する方針で動こう。なに、相応しい者に再び与えると記されているのだ。自然とやって来るに違いない」
「そうですな」
その結果に、一応納得して作戦を実行した司令官も、やはりこの場所を出来るだけ保存しておけば、剣に導かれて相応しい真のアーサーが自然と来るだろうと言い、その言葉に特殊部隊の隊長も含めて同意した。あの剣とアーサーはそういうものだと、ある意味信仰の様なものを皆が持っていたのだ。
「指令、"アーサー"がこちらに来るそうです」
「いかん彼の事をすっかり忘れていた! いや、だが今代のではどうか……」
そんな時、司令官にある報告が入る。それは今代の"アーサー"がこの場に来るというものであった。目の前の奇跡に、すっかりアーサーの名を冠する者がいた事を忘れていた司令官だったが、今代の"アーサー"は歴代最弱とまで言われており、果たしてあの剣が抜けるかと疑念を抱いていた。
「先々代なら間違いないのだろうが……」
指令官が思い出すのは、歴代最強の誉れ高い先々代"アーサー"。彼の事は資料でしか知らないが、その偉業を考えるに、間違いなくあの剣の持ち主として相応しいだろう。
「あのヘリか?」
「はい」
指令官がそんな疑念を抱いていると、一機のヘリコプターが指令所近くに着陸した。中から出て来たのは、柔和な顔をした、よく言えば優し気な、悪く言えば頼りなさそうな優男であった。
(うーむ……)
先代アーサーの威厳溢れる顔を思い出しながら、やはり今代では無理なのではと司令官が思っている最中にそれは起きた。
『おお……!』
「何があった!?」
一人一人が出した小さな驚愕の声だが、なにせ数が数である。まるで地響きの様に辺りに轟いた。
そして司令官が目にした光景は
今まで消えなかった虹が、そして更に輝きを増した月の光が、剣に集まっていく。
七色と月光を浴びた剣の外見は変わらなかった。しかし、柔らかい光が剣に宿っている。
(これはひょっとして!?)
今代のアーサーがこの場に来た途端これなのだ。司令官も周りの軍人達も、この後に起こる光景を確信していた。即ち、剣は岩から引き抜かれる。
だがその予想は外れる事になる。
『おお!?』
今度ははっきりとした大きな驚愕の声。
なんと剣は引き抜かれるどころか自ら岩から抜け出し、真っ直ぐに軍指令所に、アーサーの下へと飛来したのだ。
「うわっと!?」
飛来した剣の柄を掴むアーサー。
『おおおおおおおおおおおおお!?』
そして世界は一変する。夜にも関わらず空には太陽が浮かび、その日の光は剣の刀身に巻き付いて鞘となったのだ。
そして泉は渦を巻きながら天へと昇り始め……
「民をその剣で守るのです」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ女性のような形となり、天へと消え去っていった。
『わああああああああああああああああああああああああああ!』
天地が揺れていた。誰も彼もが叫んでいた。伝説を見た。
イギリスに、ブリテンに返って来たのだ。
あの剣が
エクスカリバーが!
◆
あ、お姉様ただいまです!
え!? いいいいいやちょっとアイドルのプロデュースにににに。
ど、どんな子? いやあじゃじゃ馬でしたよ。自分の使い手、じゃなかったファンは自分で決めるって譲らなくて。まあ予定通りの人とくっ付いたんでよかったです。しかし何のテコ入れもしてないのに選ばれるなんて、やっぱりアーサーはアー……!
え!? ぼぼ僕誰の事か分かりません! イギリスにも行ってません!
え? うなぎはどうだった? いやあ、ちょっと感性が違うなって!?
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