出動3
「そろそろ止まったかしら?」
「ふぁい」
きゅぽんと鼻から抜いたのは当然ティシュである。あの後やはり鼻血がブーになってしまい、慌ててティッシュを鼻に詰め込んだのだ。さて鼻血の色は、赤。いやあ、これが黒だったらマジモンのタールだからちょっとヤバかったけど、赤なら単なる鼻血だから大丈夫。お行儀が超悪いけど、どっかのコンビニのゴミ箱に捨てさせて貰おう。例え呪術師や神に見つかっても単なる鼻血以外の何物でないし。黒なら……ティッシュごと俺が食うしかないど………。
「相変わらずああいうのに弱いのね」
「ボクとしては平気な栞の方が信じられないよ」
そんな劇物、かもしれない製造機を稼働させた佐伯お姉様は、橘お姉様と談笑されていた。どうやら王子様な佐伯お姉様でも、ゴキには女の子に戻ってしまうらしい。クラスメイトの男性陣も、こんな弱点があったのかと意外そうに見ていた。
しかし、俺がスリッパで叩き潰されたり、殺虫剤をシューされたゴキブリの恨みを晴らせることは黙っておこう。具体的にはアバドンが呼べる蝗の数くらいゴキブリを召喚出来るのだが、そんな事が出来るとバレた日には人類から追放されてしまう。また一つ墓場まで持っていく秘密が増えてしまった。
◆
◆
「さて、何を食べましょうか」
「うーんそうですねえ」
午前中の見回りも終わり、俺とお姉様はファミレスで昼食を取る事にした。この校外授業は市内の妖異を退治し、ある意味治安の維持に貢献しているため、市から生徒と教員分のお昼代としてクーポン券が配られるのだ。
さて、お子様ランチ………いや、ないない。ないったらない。幾ら田舎にいた子供の頃の憧れとは言え、この歳でお子様ランチはない。いや、だがご飯の上に突き刺さった旗……。駄目だ誘惑に負けるな。ここはハンバーグにしよう。うんそうしよう。
「おいゴラァ!」
何奴!? 殿中でござるぞ!
「この店の飯はどうなってるんだよ! 馬鹿か! 店長呼べ!」
そこには客席で店員に怒鳴り散らす中年男。
おおっとこれがクレーマーか。初めて見たな。田舎に来る? 大分気が長くなるよ?
「全く、下品な叫びを聞きに来たわけじゃないのに」
「ですねお姉様!」
という訳でとっととお帰り頂こう。えーっと、よく分からん理由で切れたら、お腹の栓も切れちゃう呪いでいいかな? でもそれしたら店員さんにも迷惑かけるな。そんなの掃除したくない。なら、ん? なんか変だな。ちょっとオセロをっと。ていや。んんんん? 白? って事は店側に問題? もう一回、こっちも白。どうなっとんじゃ?
「あら、よく見ると珍しいのを飼ってるわね」
「珍しいものですか」
お姉様が何かに気付いた様なのだが、お姉様に遠く及ばない俺ではその珍しいものが何かさっぱり分からない。こうなったら、邪神アイ! 相手は丸見えになる! おえ。
えーっと、あ、ほんとだすっげえ珍しい。というか実在したんだ。おっさんの指からにょろりと出ている細い糸の様な存在。
「疳の虫……ですよね?」
「ええ。久しぶりに見たわね」
乳児の癇癪や夜泣きを引き起こすとされる虫。それこそが疳の虫である。と言っても異能社会でも滅多に見る事が出来ず、殆ど迷信の様なものなのだが、極稀に大人からでも発見されることがある。
「ひょっとしたら近くに虫封じの寺社でもあって、存在を信じてるのかもね」
「ははあなるほど」
ほぼ現代では居なくなったと考えられている疳の虫だが、稀に田舎やそういう寺社の近くに住んでいて、疳の虫の存在を覚えている人の念で現れる事があり、あのおっさんもそういう一人なのかもしれない。
となるとである。
ここは異能学園一年A組主席として一肌脱いであげようではないか。塩の瓶を拝借。
「あのーそこの人すいませーん」
「ああ!? なんだ!?」
平身低頭する店員さんを怒鳴っていたおっさんに、爽やかな学生らしく接近する俺。そして後ろ手で隠した塩の瓶を……
「実はですねー」
とりゃ不意打ち塩攻撃! 相手は死ぬ! と言うのは冗談で、藻掻いて出て来た疳の虫をキャッチ。そのままぷちっ!
「ああ!? てめえ………」
「落ち着きました?」
「あ、ああ……俺は……えっと……」
「いやあ、異能学園に通う生徒なんですけど、あなたに疳の虫が付いててですね。それを今塩で払ったんですよ」
疳の虫をいきなり抜かれて強制仏陀モードになったおっさんが、困惑したようにきょろきょろしている。
「か、疳の虫? 癇癪の?」
「はい。ひょっとしてお爺さんかお婆さんに、よく疳の虫の事を聞いたりしてました?」
「え、ええ。何が面白かったのか、よくその話を……」
「そういう場合、稀にですが本当に現れちゃったりしますので、一度家中に塩を振りまくったほうがいいですね」
塩はなんにでも効く。これ豆知識な。なんだったら親父も塩分気にしてるくらいだ。あと尿酸値。人間を模しすぎた体のせいで、親父が痛風になった時は腹抱えて笑ったね。
「という訳でこの人は憑りつかれてました。今は怒ってないですよね?」
「はい、急に頭が冷めて……すいません、皆さんへ本当にご迷惑をお掛けしました」
「い、いえ!」
店員さんはポカンとしてるけど、これで落ち着いてお姉様と昼ご飯を食べれるってもんだ。さて、席に戻ってお子様ランチを注文しないと。
「あれ? 貴明君じゃないか。という事は小夜子も……ああ、いたいた」
こ、この声はあああ!?
「この店何かあったのかしら? 妙な雰囲気」
佐伯お姉様に、橘お姉さままでええええええ!
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