凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛2
「魔眼だ直接見るな! 浄力で自分の目を保護しろ! その後全部だ! 鼻も肌もとにかく全部やれ!」
残り10人程の生徒の中から大声が発せられた。最終学年の主席、宮代典孝が薄く広くであるが、泥と自分達に浄力の結界を膜として展開する。
「応!」
流石は最初の洗礼を耐えた者達と言うべきだろう。即座に全員がその声に応えて、防御、身の清めに長じた浄力の力で身を保護する。
「対象を呪力特化型と想定! 東郷を守るぞ! 彼女の浄力が軸だ!」
「祓え給い、清め給い、神ながら守り給い、幸え給え」
「よーしいいぞ! とにかくまずは身を守るんだ! 短期決戦なんてお前達では早すぎる!」
宮代の声に応えた少女が祝詞を唱える事によって、神聖な場を展開し泥の弱体化と自身達の耐性の底上げを図る。
その様子を教員達は、今の生徒達のレベルならよくやっていると評価していた。最初の想定では殆どの教員が、泥が姿を現した時点で全員また吹き飛ばされていると思っていた程だ。
「六根清浄大祓」
「一塊だ! とにかく東郷を守れ!」
そして締めに唱えられた祝詞によって、生徒達は五感と更にもう一つ、意識の強化を果たして反撃の準備を整える。
「学園長」
「ああ」
生徒の対応を見ようと一旦制止していた泥を学園長が再び動かす。
『ギイイイイイイイキキキ!』
「撃ち落とせ! 燃やすんじゃないぞ! 煙がどう作用するか分からない!」
「応!」
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神」
ブルリと身動ぎした泥から剥がれ落ちた呪いの固まり。それを生徒達は超能力の空気砲で、氷の壁で、呼び出した小さな式神をぶつけて対処し、祓詞の完成まで時間稼ぎに徹する。
「流石生徒会長の宮代だな。あいつが指揮に徹すればある程度はと思ってたがこれほどとはな。序盤だけの試験ならあいつら満点だ」
「全員状況対応力がいい。クラスが半分に減ったのによくやっている」
「ああ、俺らが若い頃よりよっぽど上手だ」
「それだけこの学園の意義があったという事でしょ?」
「非鬼擬きと言っても、全員が一対一で倒せるんだ。きちんと統制されてるなら本物にもある程度は張り合えるか」
「だがまあ」
「うむ」
それを教員達は冷静に監督している。しかし会話には少々熱が入っていた。天狗の鼻を折るつもりだったが、彼等が思っていたよりもその鼻は上等だったらしく、自分達の教育の成果が目の前で繰り広げられているからだ。
「あくまでもまだ初動を生徒がどう出るかの確認程度しか動いていない」
「敵突進! 正面に壁! 不動金剛力場!」
ベチャリ
生徒達が全力で張ったあらゆる防壁に衝突した泥は、水っ気の強い音を立てながら尚も前進を止めない。
「やばっ!?」
「壊れ!?」
「ぎっ!?」
「左に逸らせええええ! おおおおお破!」
「ぜやあ!」
「食らえや!」
「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に」
次々と突破されていく結界に危機感を感じた生徒達であるが、宮代の号令の下、結界を正面ではなく斜めに展開。そして宮代を筆頭に近接戦に優れる者達が、泥の頭部と思わしき場所を得物で、拳で殴りつけて進路を逸らす。
「はっはっは! 凌いだぜアイツら!」
「宮代め、自分で呪力特化と言っておきながら拳で殴り、その上できちんと穢れを防ぐとは」
「あいつは今からでも卒業できるな」
「他の子達もちゃんと見てあげなさいよ。皆タイミング完璧じゃない」
「学園長制御緩めるかな?」
「ああ、乗り越えさせるものじゃなくて、壁は壁って言ってたからな」
「あ、話をすれば」
『ギギギギギギギギギギイイイイイイイイイイイ!』
泥がまるで意思を持つようにのたうち始める。
それは泥の左右から現れた。
「蛇の頭!?」
「左右を警戒しろ! 俺達を三方向から包みっ!?」
正面から泥本体が、左右から蛇の頭が襲い掛かって来ると生徒全員が警戒していた。
しかし泥は。
あくまで正面から木っ端微塵に粉砕する事に拘った。
「正めっ!?」
(パチンコ玉かよ!?)
蛇が襲い掛かって来るのではなく、まるで自分達をVの字の真ん中に来るように広がったのを見た宮代が、泥の意図に気が付くが遅かった。
ギチギチと引き絞られる音が聞こえてくる。
(東郷とっ大柳!)
そこからの宮代の判断はまさに教師達全員が絶賛する物であった。
託す
全員を逃がすにはあまりにも時間が無さすぎた。一瞬だが溜めが必要だったのだ。だから選んだ。彼は持てる全ての力を正面の結界に注ぎ込みながら、伊能学園で最大の浄力を誇り、世界的に見ても稀有な東郷と、短距離限定であるがこれまた珍しいテレポートが可能な超能力者、大柳を自分の霊力で上に吹き飛ばしたのだ。
「逃げろおおおっがはあっ!?」
ぎりぎり。
スリングの玉として発射された泥は、本当であれば一瞬で全員を蹂躙していたはずであった。だが実際はほぼ全員を訓練場から叩き出しただけ。ほぼ。
(典孝!? なにを!? そうかっ! 一番安全な!)
打ち上げられた超能力者大柳は、一瞬の困難から素早く立ち直ると自分の役割を理解し、隣で祝詞に集中していたたため状況がさっぱり分からず、目を白黒している東郷の服の袖を引っ張ると、一塊で評価をしていた教師たちの背後にテレポートを行ったのだ。
「はっはっはっはっはっは! はっはっはっはっは!」
「よく判断した宮代! 俺には分かる! 訓練だったがお前はきちんと命の覚悟をして託した!」
「そうよ大柳君! テレポート先はここでいい!」
「少し生徒達を過小評価していたな。教師として良くない事だ」
「いや、初回は全員一瞬で吹き飛ばされて、さっきも半分以上は思った通りだったんだ。ただまあ、危機的状態の底力は我々の想像以上だった」
「いやはや、本当に素晴らしい教材だ。深く踏み込まんが本当に感謝している。これで彼等の教育はより堅実なものになる。逃げた大柳と東郷を睨みつけてるのはあれだが。凄い睨みつけてるが」
大笑いしながら拍手している者、生徒をそれぞれ褒めている者、今後の教育について真剣に話し合っている者、そんな教師全員が思っていたのは、相対した10人全員よくやった。であった。そもそも最初の、泥の声と眼ですら並大抵の異能者では対処できないのだ。それを耐えてから泥の初手を対処出来れば満点だと思っていた彼等からすれば、生徒達の頑張りは喜び以外何物でもなかった。
「全員集合! 立ち向かった者はよくやった。惜しくも呪力に耐えられなかった者もこれは訓練であって、何度でも挑戦する事が出来る。諸君、これが非鬼だ。しかも制御は手放したが、強さ自体は非鬼の枠からはみ出ない様にしてだ。生きるという難しさ、全く未知の脅威の恐ろしさ、今現在の自分の立ち位置。それが分かったと思う。だが心折れた者は?」
全員からそんな訳あるかと視線で答えられた学園長は、満足げに頷いて話を締めくくる。
「よろしい! それではもう一度だ!」
帰って来た視線は、流石に休ませろ。であった。
◆
望み通り生徒達を真っ正面から蹂躙した泥は、いや蜘蛛はもう一つある望みがあった。与えられた凄まじき、恐ろしき、真の力を、真の姿を持って……。
正当なる……。
出目は黒。
望みは叶えられた。