入学
「さあて行こうか! なあに、転移で行くから一瞬さ!」
「息子夫婦の入学式。楽しみねー」
「ふふ、あなたどうしたのかしら? ふふふ」
ど、ど、どうしよう、ついに入学式当日だ! 俺は今も込み上げてくるタールを必死に押さえつけてるのに、親父とお袋はテンション上げてる! あとお姉さまその笑い方素敵です!
本当にどうしよう! 親父経由で学園長に普通の学生扱いでいいですって伝えたのに、向こうが全く譲らねえ! どんな鼻薬嗅がされたんだ!? 点鼻薬か!?
「じゃあ転移します!」
ちょっと待って親父! まだ全然心の準備が!?
「とうちゃーく。おお、直に見るとやっぱり大きいなあ」
親父のワープ能力であっという間に伊能学園に到着してしまった……。周囲はいきなり現れた俺達にぎょっとしていたが、テレポート使える奴が世の中に数人いるような世界だ。そう言う事も出来るんだなあと勝手に納得していたが、この親父の場合恨みのあるところに行けると言うもっとドロドロしたものだ。怪物状態なら俺でも出来るがあの姿は恥ずかしいからな……。いやん。
ん? 直に見ると?
「また俺の視界を覗いてたな!?」
「小学生頃の貴明なら心配してしてたけど、もう一人前だからしてないよ。ネットだよネット」
ならいい。うん? どう一人前なんだ? 邪神として? ええ……。
「お母さん写真撮って写真」
「おい裕太!」
「入学できたのは嬉しいけど、この馬鹿デカい敷地で過ごすのかあ……」
「美香ちゃんこっちこっちー!」
よかった、普通の試験で合格してきた人たちは普通の人だ。全員あの推薦組みたいな方達だったら、テーブルマナーと言葉使いから学ぶ羽目になってた。
「じゃあ写真撮ろうか」
「親父に写されるのは絶対嫌だね」
「あらいいじゃない。私達を撮って貰いましょうよ」
「ダメですお姉さま。親父が撮ると心霊集合写真になります」
「……それは流石に駄目ね」
「でしょ?」
他の人と同じように、入学おめでとうの看板の横で写真を撮ると抜かした親父をバッサリと切り捨てる。呼びやすいとか招きやすいとかいうレベルじゃない親父が、写真のシャッターボタンを押すとどうなるか火を見るよりも明らかだ。神官や巫女さんでも感知できないような薄っすらとした幽霊がピースサインで写ってくれることだろう。
だがお姉さまとのツーショットは撮らないわけにいかない。お袋に頼んで撮って貰った。これが我が家の写真第一号になる。でへ、でへへ。
「じゃあパパとママは保護者席に先に行ってるからね!」
「挨拶頑張ってね!」
ああああああ! せっかく忘れてたのに思い出させるんじゃねえ!
……つうか親父は色々大丈夫なんか? 大丈夫だよな? こんな異能関係者ばっかりのとこなら知り合いそこそこいるんじゃねえの? 入学式中にいきなり邪神戦争始まらないよな? ちょっと不安になって来たぞ。
おえっぷ。タール吐きそう。
「さあ行きましょうか」
「お、お姉さま!?」
人類の明日をかけた戦いが勃発しないか心配していると、お姉さまに手を握られて促される。
「私達がどれだけ愛し合ってるか見せびらかさないと。ね。あ、な、た」
「は、はひ!」
ふおおおお! やってるでえええ!
「おい、あれ桔梗家の……」
「誰だ隣の男?」
「何で手を……」
「ゼロ点男?」
「は?」
「なんだよ彼氏持ちかよ」
「彼女とダブル入学……だと?」
「見てくれに騙されて可哀そうになあの男。あの女がどんな化け物か知ったらいたたた急に腹と頭が!?」
ふはははは! こんなに美人で優しくて可愛らしいお姉さまと手を握れている俺が羨ましかろう! 嫉妬の呟きが心地いいのう! ははは。はーはっはっは!
◆
拝啓お姉さま。僕は今新入生代表の挨拶をする都合上、貴女様と引き離されて一番前に座らされております。少し小耳にはさんだところ、生徒の数が多すぎて名前の読み上げが無い様で、心構えの時間が全くありません。無念でならないのが、読み上げが無いのに席は50音順ということです。今日から四葉小夜子ねと仰っていたお姉さまに感涙してしまう程の嬉しさを感じていた僕ですが、自分の苗字がや行なんて後ろも後ろなのが残念でなりません。今日この日だけ2人で、ああああ、と名乗りませんか? それかaaaaでもいいです。
あと近くに座っている推薦組でチラッと見覚えのある人が、何でこいつ合格してるんだって視線で僕の事を事を見ています。座っているだけでコレなのに、主席合格として新入生代表の挨拶をしたら一体どうなるか想像もつきません。思わずタール漏れそうです。
「次は主席合格者、四葉貴明君から新入生を代表しての挨拶があります」
聞いて下さいお姉さま。その見覚えのある方、ぎょっ!? でも、はあ!? でもなく、?でした。何を言われたか理解できなかったんでしょうね。実は僕もなんですよ。はは、ははは。
心を無にして壇上に上がると、数百人以上いる殆どの生徒は、ほーんあいつが主席ねえ。一体どんなもんなんやろうなあ。と言った素晴らしい視線を向けてくれているのですが、数十人、もっと詳しく言えば僕と一緒の試験を受けた名家の方達は、? と視線を向けてます。奇遇ですね実は僕もってもうええわ!
なんか感動して鼻かんでる親父をガン見してるいい感じの中年! てめえが学園長だな!? てめえのせいで俺の方がヤバい呪いを撒き散らしそうだわ祟るぞコラ! いや待てよ? どう見ても50歳はいってなさそうってことは、親父と出くわした時は10代後半から20代? 親父は俺が生まれるよりずっと前に会ったみたいなことを言ってたから大体そのくらいの筈。そっかあ、そんな歳で親父と会っちゃったのかあ。可哀想に……。祟るのは様子見してやろう。
「……以上新入生代表、四葉貴明」
心を無にして挨拶を終える事に成功した。やっぱタール漏れそうなくらい緊張してる時は誰かを恨むのが一番いいな。
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