その日
「親父、車借りるから!」
「はいはーい」
お姉さまがウチに来て早数週間、つ、つ、ついに今日婚姻届けを提出にいいい! 待ってろよ市役所おおお! そ、それに通学の為にマンションも借りないと。あ、愛の巣!?
あ、こっちは農作業用の軽トラだ。こっちこっち。普通の軽四。あ、そうだ。
「どっかにスポーツカー隠してない? ほら、山肌が割れてそこに秘密のガレージとかさ」
「ないない。それに傷一つに神経質になりそうだから買えても買わないよ。大事なのは燃費と頑丈ささ」
お姉さまと一緒にお出かけだから見栄を張りたかったが親父の言う事も尤もだ。俺もちょっとした傷をつけただけで一日後悔する事になるだろう。しかし邪神めなんて堅実なんだ。てっきりトゲトゲタイヤの暴走トラック位隠し持ってるかと。
「んじゃ行ってくる! 車は駅に置いてくから」
ド田舎なんだ。放置してて怒る人も警察もいない。俺ってなんて悪い子なんだ。
「はいはーい。きちんと防音されてるマンションにするんだよー」
「くらえ1年中花粉症の呪い!」
◆
「あなたと義父様は本当に仲がいいのね。勿論義母様も」
「え!?」
電車にゴトゴト揺られながら市内に向かっていると、隣に座っているお姉さまが唐突にそんな事を言い始めた。最初は親父の邪神ワープで行こうと思ったが、お姉さまが、旦那様と2人で一緒にいきたいわ。なんて仰るものだから、こうしてふ、夫婦揃って電車の旅をしている。でへへ。
「いやあ、俺がいつか世のため人のため成敗しないといけない相手と仲がいいかなあ」
当の親父から聞いた話だが、親父は日本のブラックリストのトップに名前があるどころか、厄過ぎて存在そのものを無かったことにされてる位ヤバイ世界級の危険人物なのだ。その世界はどうも親父のことを知らないみたいだが、知ったらノータイムで飽和核攻撃を始めるだろう。多分効かないが。そもそも発射する前に呪われる可能性が高い。
「ちなみに今までの戦績は?」
「そりゃあ全戦全勝ですよ」
親父秘蔵のムフフ本のありかを握っているのはデカい。後はお袋に突き出すだけであの邪神は死ぬ。
特にブラックジョークなのが、全人類を呪い殺せる相手を始末するには、まずその全人類を殺さなければいけないとこだろう。親父のパワーの源なのだ。その上で生き残った邪神討伐者は、恨みとか憎しみの心を全部捨て、邪神の肉体スペックを凌駕する必要があるのだ。このステップを踏まないと、何とか殺しても人の恨みパワーを勝手に吸収してすぐに復活するとかどないせえと? しかも全人類を殺すという過程で生まれてしまった恨みを蓄えた邪神相手にだ。ムリゲー。
「でも孫は少し待ってもらわないとね。ふふ。もう少し新婚気分でいたいもの」
「お、お姉さま!?」
そんな流し目で見られたら僕はもう! それに僕ももう少し、し、新婚気分を味わいたいです!
だが世界の未来は俺と子供の、パパ&じいじ嫌い攻撃にかかってる。その次のひ孫まで揃えば完璧だろう。一発で昇天だ。
真面目な話弱点あるのか? 去年に村の法事で坊さんが唱えてた念仏は普通に聞いてたし、クリスマスにもぴんぴんしてるぞ。強いて言うなら俺とお袋の身柄か? まあお勧めは出来ないが。復讐と恨みの神個人のそれがどういったものになるか試すのは止めておいた方がいいだろう。
それに霊的な視点を極限まで高めてお袋を見たら、親父のすんげえヤバいタールがこびり付いているのが分かるだろう。そんなのに手を出したら絶対にお陀仏だ。実はガキの時にそれを初めて見た時、お袋を風呂に突っ込もうとして慌てた親父に止められたことがある。つうか俺にもこびり付いてたからとっとと消せと言ったら、それは俺から出てるやつと言われて愕然とした。道理で親父のと違って清らかな色をしてたと思ったが、ちょっと隙間から漏れてたらしい。いやん。
「ねえあなた、私幸せよ。桔梗でない、化け物でない、ちゃんとした私を、でも私の力を知った上で真っ直ぐ見てくれる人がいて本当に幸せ」
「僕もです。ちょっとだけ意地悪で、でもとっても優しいお姉さまと一緒に居られて幸せです」
お姉さまは本当は優しい人なのだ。でもちょっとだけ周りに恵まれなかった。こんな人をただ力が大きいだけで忌み嫌っていた桔梗家も、恐れていた学園にいた者達も全く分かっていない。
「ん」
見つめ合っていると自然とキスが出来た。
「もうすぐ駅に着くわね」
「はい!」
やべえ緊張して来た。タール漏れそう。
◆
ふううううう! ふうううううう! ふううううううううううううう!
落ち受け俺! ここは単なる市役所だ! 落ち着くんだ!
よし落ち着いた!
「すすすすすいません!ここ婚姻届けの提出をしに来ました!」
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
「ふふ。ありがとうございます」
比較的まともに婚姻届けを窓口のおばちゃんに渡す事が出来た。だがおばちゃんよ。お姉さまがいくら美しい上にちょーっとだけ小さいからって、この男と結婚して大丈夫? 的な目線をしたのは見逃さなかったからな。しかし今日は記念すべき婚姻届け記念日なのだ。お肌カサカサの呪いは勘弁してやろう。
「どう? 私の全部を手に入れた気分は?」
「お姉さま!?ぐえっ!?」
「あらあら」
市役所から出て不動産屋に行くためのタクシーを待っている最中、お姉さまがすんげえ妖しい光を目に湛えて俺に囁きかけて来る。思わず膝が砕けてしまうが男貴明、渾身の返答を返さねば!
「絶対に幸せにして見せます!」
「……………期待してるわね」
お姉さまの両手を握りしめて見つめ合いながら宣言すると、顔を真っ赤にしたお姉さまは少し背伸びをして俺にキスした後、プイっと後ろに振り向いてしまった。
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