噂は本当?
「美紀ちゃん、本当にどうしちゃったのかしら。久しぶりに尋ねていった私たちを、あんなに冷たく追い返すなんて。人が変わったっていう噂は本当ね」
とある喫茶店で、陽子が水を飲みながらいった。
「連絡もせずに急に行ったから、嫌だったのかしら?」
額の汗をハンカチで拭きながら、ため息まじりに恵がいう。
「でも、あんな言い方しなくてもいいじゃない。話すことなんてないから帰ってなんて。普通言わないでしょう」
「そうね、言いたくても言えないわよね。美紀ちゃんがあんなこと言うなんて、信じられない。優しくて気遣いのできる人だったのに」
アイスコーヒーが運ばれてきたので、二人はストローですすった。
「苦労したんじゃない? お金持ちとはいえ、あんなおじいさんと結婚して」
「ううん、美紀ちゃん幸せそうだったわ。すごくやさしい旦那さんで、大事にされていたもの。結婚して五年で死んじゃったけど、ぽっくりと逝ったんで介護なんかもしなかったのよ。それに、旦那さんの遺産が入って、今は悠々自適に暮らしているはずでしょう?」
「それもそうね」
「でも、美紀ちゃん、若かった時と、ぜんぜん変わらずにきれいだったわね。細くてスタイルもそのままだったわ」
「うん、ぜんぜん変わってなかった。私たちはこんなにおばさんになっているのにね」
あはははは、と二人は声を上げて笑った。
「実家に帰ったのは、一人で寂しかったからかしら? お母さんは早くに亡くなっていたし、お父さんと妹がいたでしょ?」
「きっと、お父さんのことが心配だったのよ。あの気のきつい妹に病弱な父親をまかせられなかったんじゃない」
「妹はたしか、裕美ちゃんていったかしら。私の妹と同級生だったわ」
「そう、あの妹。美紀ちゃんとはちっとも似ていなくて、愛想のないブスでデブでひねくれた妹」
「それは、ちょっと言い過ぎじゃない?」
そう言った恵だったが、ウフフと笑いが込み上げた。
「お父さんも亡くなったんでしょう?」
「うん、そうらしいわね」
「じゃあ、妹と二人暮らしってわけね」
「ううん。妹は美紀ちゃんが帰ってきて、しばらくして出ていったらしいわ。でも、それがおかしいの。妹がいなくなった時期に美紀ちゃんもいなくなったんですって」
「へえ~、そうなの。変ね。一緒にいなくなるなんて。お父さん一人で大丈夫だったのかしら」
「近くの親戚の人がお世話していたみたいよ。美紀ちゃん、それから一年経って帰ってきたの」
「ええっ! 一年も経ってから?」
「そう」
陽子が底に少し残っていたコーヒーをズズッと音をたてて飲んだ。
「それからよ。美紀ちゃんが変わっていうのは」
「一年の間に何かあったのかしら?」
「それはわからないわ。けれど、噂じゃあ、妹の裕美が美紀ちゃんにすり替わったんじゃないかって」
「ええっ!? すり替わった!? 何それ?」
「美紀ちゃんがもらった遺産よ。それを目当てに妹は美紀ちゃんを殺して、整形して美紀ちゃんになりすましているんじゃないかっていうの」
「まさか」
恵は笑った。でも、すぐにきがついたように、
「じゅあ、さっき会ったのは美紀ちゃんじゃなく、妹の裕美だったってこと? ありえないわ。確かに美紀ちゃんだったもの。顔もスタイルもどこから見たって」
「そうよね。私もそう思ったわ。だけど、最近の美容整形はすごいっていうし・・。あっ、すいません。アイスコーヒー、お代わりください」
陽子は空になったグラスを持ち上げて、通りがかった店員にいった。
「でも、あの性格の変わりようは絶対に変だと思わない? 美紀ちゃんじゃなく、気の荒い妹みたいだったわ」
「うん、確かに。あの妹なら、きっとあんな言い方するでしょうね」
お代わりのコーヒーがきたので、陽子はそれを一口のんで、話しを続けた。
「ねえ、川辺くん、覚えてる? ほら、高校の同級生で美紀ちゃんのことを、ずっと好きだった男の子がいたでしょ?」
「うん、いたいた。覚えてる。その子がどうしたの?」
「あの人、美紀ちゃんが結婚してもずっと好きだったらしいわ。それで、旦那さんが亡くなってこっちに帰って来た時に美紀ちゃんに告白したらしいの。二人はそれから付き合っていたらしいわ」
「へえ~、そうなんだ。でも、あなた、本当にいろいろ知っているのね」
「まあね、情報網がたくさんあるしね」
「それでどうなったの?」
「それからしばらくして、美紀ちゃんが急にいなくなったの。川辺くん、ほうぼう探したけれど、見つからなかったって。でも、一年後にひょっこり帰ってきて」
「うん、それで?」
「川辺くん、もちろん美紀ちゃんに会いにいったわ。だけど、さっきの私たちみたいに門前払いよ。それでも諦めずに何度も会いにいって、そのたびに追い返されたんだって」
「まあ、今の美紀ちゃんならそうでしょうね」
「それで、川辺くん、美紀ちゃんの家の庭に忍び込んで、不法侵入とストーカー行為で、警察に捕まったんですって」
「あらまあ、大変!」
「その時、川辺くん、言ったそうよ。そこにいるのは本当の美紀じゃない。美紀は殺されて庭に埋められているんだって。その証拠にピンクだったバラの花が紫色に変っているって」
「ピンクのバラが紫色に変ったってどういうこと?」
恵が体を机に乗り出すようにきいた。
「死体が埋まっている土の近くに咲く花は、青くなるらしいわ。そんな小説もあったし」
「でも、そんなのが美紀ちゃんが殺されて、そこに埋められている証拠になるかしら」
「ならないでしょうね。だって美紀ちゃんは生きていて、そこにいるわけだし」
二人は黙って少し考えた。
「でも、妹が美紀ちゃんを殺してそこに埋めて、美紀ちゃんになりすましているのが本当なら、あの古い家に住み続けている理由がわかるわね」
「えっ、それどういうこと?」
恵はストローでコーヒーを混ぜるのをやめてきいた。
「死体を発見されると困るからよ。ずっと住んでいれば掘り返される、心配もないわ」
「う~ん、なるほど」
恵が感心していった。
「あなたの想像力は大したものよ。でも、みんなただの噂。妹が姉になりすますなんて、ありえないことだもの」
「まあね、あのブスでデブな妹が、あんなにきれいな姉になれるわけないものね」
あははははは。二人は同時に笑った。
二人は、後ろの席に美紀がいて、聞き耳をたてているのに気づいていない。
美紀は怒りに震えながら、庭のバラの木をもっと増やそうと考えていた。