8 猫になれる姫
今回の茶会の主旨は、間違いなく王子たちのお妃探しだったが、同年代の令嬢がたにとっては数少ない他家との交流の場でもあった。
繋がりとしては、親戚や姻戚。近隣の領地。親同士が商売で縁があるなど。
はたまた馬の合わない家同士や、反目し合う派閥もあったが、そこは、それ。
『では皆様。小一時間ほど自由にお過ごしくださいませ。私たちは、こっそり作戦会議をして参りますわ』
と。
冗談めかして告げた王妃が息子たちを連れて去ると、会場内は、ワッ! と沸き、賑やかさに拍車がかかった。
各自、思い思いに移動してはとりとめのない話題に花を咲かせる。“交流”という名の休憩をとり始めた。
――ヨルナは。
* * *
「ヨルナ様。一体どちらへ?」
「しっ、サリィ。黙って。あのお二人をまくの、すっごく大変だったのよ?」
「……でしょうね。存じ上げております……」
中庭の外れ。
バラ園が会場の中心ではあったが、綺麗に剪定された植え込みの径を抜けると、紙ナプキンのメモにあったとおり、小さな噴水があった。
五歳くらいの子が水遊びをするのにちょうど良い高さだろうか。ステンドグラスのようにさまざまな色石が五角形に組まれ、水盤をなしている。
中心から噴き上げる水飛沫の向こう、木立と蔦に隠れるように白い四阿が見えた。
人影は、まだなかった。
しっ、と、口許に指を当てた少女が、辺りをきょろきょろ見回すのを、侍女のサリィは何とも言えないまなざしで見守っている。
「いつの間に……、うちのお姫様はこんなに逞しくなられたんでしょうね? びっくりです」
「うっ」
一瞬、ぎくっとしたが、ヨルナは無視を決め込んだ。
(慣れてください。これが私です)
多分、いくつもの前世を丸ごと思い出してしまったせいだろう。思考回路も知識も、かつての“ヨルナ・カリスト”とは全然違う。自覚できる。
かろうじて変わらないのは根本的な性格だけ。だからこそ、自分では特に不具合を感じていないものの。
ふと、王子は私を覚えていらっしゃるだろうか? と思うと、足が止まった。
唇を噛み、目をつむる。首を横に振る。
(やめやめ。どちらにせよ、あのかたのお気持ちはいつだって他の女性に向かっていたもの)
忘れようもない。最初に思い出すのは銀の王女様。
その次は巫女様。
それから、嫁いでしまわれた従姉妹のお姉様。
直近で一番惜しかったのは、婚約までこぎ着けた名家のお嬢様だ。
あれはひどかった。土壇場で一方的に婚約を破棄されてしまったのだ。根も葉もない難癖をつけられて。
(そうそう。それで、私ったらそのたび“猫になる能力”であの方のお側に上がっちゃって。いっつも、そこで記憶が途切れちゃうのよね。身も心も完全に猫になっちゃうから)
――生涯にただ一度、猫になれる能力。
それは、気まぐれな神様が授けてくれた風変わりな力。生まれ変わるたびに行使できる、ある意味チート。
本能でわかる。
今生のヨルナも、いつでも猫になれる。
「……必要なら使うわ。幸い、あの方はいつも無類の猫好きでいらっしゃったし。私、いつだって“神様の贈り物”を使える」
「? ヨルナ様、何か?」
「!! う、ううん。サリィ。なんでもないの」
訝しげなサリィを振り返り、ヨルナは慌てて笑顔を作った。
前を向き、気を取り直して噴水の横を通り過ぎる。
さぁぁぁ……と、やさしい雨に似た細かな水音を背後に、かさり、と下生えをかき分けて。
人影のない、件の目的地へと辿り着いた。