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73 運命の相手

「妃……、俺の? 人間の王女(あなた)が?」


「だめですか」


「だめということは」


 外見年齢十二歳。目元涼やかな薄闇色の肌の美少年の頬が、ほんのりと染まる。

(あ)

 ヨルナは目を瞬いた。

 気のせいだろうか? ユウェンが――


「まぁ。大昔に本能の赴くままに覇道を突っ切った、貴方のお祖父様のように無理矢理人間の姫を手込めにして(さら)ったわけではありませんし。良いのではないでしょうか」


「マレーネ。さすが長生きしてるだけあって、ずいぶんと血の気の多い昔話を」


「い~やいやいや、陛下。貴方、いま、ちょっぴりですけど()()したじゃないですか。負の魔力だけでもないでしょう? たしかこれ、異性に――」


「言うなザグラフ。『黙れ』!!」


「うっ」


 強い語調の命を受けて、(フレイム)竜人(ドラゴニュート)のザグラフが不本意そうに口をつぐんだ。

 言葉による屈服。

 こうなっては命令通りにせざるを得ないらしく、妙な場面で少年魔王の真の影響力を知る。


 しかも、体が大きくなったように見えたのは気のせいではなかったらしい。ゆったりとした衣装の袖の長さがぴったりになっているし、先ほどまでは同い年くらいに感じた面差しが少しだけ大人びている。

(ええと……アーシュ様と同じ……十五歳くらい?)


 自分を含め、ことの成り行きに口を挟めずに見守る人間(サイド)に視線を滑らせ、行き着いたのは大好きなひとの顔。

 彼もユウェンを凝視していた。


 なのに、なぜか。


「…………!?」


 目が合ってしまった。ばくばくと心臓が跳ねる。

 なぜ、気づくんだろう。こちらを見るんだろう?

 咎めるように。

 物言いたげに。



「あー……、ローズ。婚姻については、ゲンズワース卿は」

「それが兄上。蹴ってきたんですよ。見合いの場から脱兎の勢いで逃げてきて、あげく僕に」


 サジェスは、えっ、と凍りついた顔をトールに向けた。さすがにアストラッドの注意もそちらに逸れて、ヨルナはほっと息を吐く。


 ロザリンドは好戦的なまなざしで長兄を見返した。


「わたしの気持ちは変わらないわ。しかも、若奥様の喪が明けたとたんに王家の姫を後妻に望むなんて足元見すぎ。願い下げよ」


「足元……? いや待て、誤解だ。あのひとは陛下(ちち)に頼まれて、お前の後見を兼ねて妻に、と」


「は?」



「――兄上、内輪の話はこれくらいで。ジェイド公爵や魔族領の方々もおいでです」


「あ、あぁ」


 青い瞳にたしかな熱量と冷静さを宿したアストラッドが話題を止めにかかる。イゾルデも「あら」と、食えない笑みを浮かべた。それなりに会議の脱線を楽しんでいたらしい。



 かくして、場は魔族領の視察に関する会談の様相を取り戻し、トールのみすぐに帰還。親書を明日じゅうに貰い受けて再転移。出発は予定通り二日後の早朝と定められる。


 出奔王女ロザリンドは「帰らない」の一点張りだった。




   *   *   *




 進行役であるイゾルデが解散を宣言すると、ロザリンドが早速ユウェンに詰め寄っていた。

 供の生粋竜人(ドラゴニュート)たちは完全に静観を決めている。


 そんな彼らを恨めしく流し見つつ、なんだかんだと口喧嘩しているあたり、まだ少年姿の魔王と王女の絵面はほほえましい。


 ――が、ふいに王女が視線を寄越して来た。


「ヨルナ。ぼーっと見てんじゃないわよ。あんたはどうなの。あんたの運命の相手は」


「私?」

「……『運命の相手』?」


 戸惑うヨルナ。反応するルピナス。

 アストラッドはその前に「失礼」と席を立ち、ヨルナの前まで歩んでいた。

 皆が見守るなか、すっと右手を胸に当て、恭しくヨルナに左手を差し出す。


「!」

 ミュゼルが、きらきらと期待に瞳を輝かせた。


「ヨルナ。ちょっといいかな」

「は、はい」


 駄目に決まってる、と声をあげようとしたルピナスの口を、ミュゼルはすかさず塞ぐ。

 アストラッドは優しくヨルナの手をとり、立ち上がらせながら背後のサジェスを伺った。


「サジェス兄上。このあと予定は」

「……特に。元々、王城からの竜便(メッセージ)待ちの期間だ。多少変更はあったが、その分余裕もある。夕食に間に合えばそれで」


「ありがとうございます。では――侍女殿。あなたの姫を借り受けて良いですか。できれば数時間」


 にっこりと笑ったアストラッドは、サロンの壁際に控えるサリィにも断りを入れた。


「畏まりました。きちんと送り届けてくださいませ」


 サリィは専属侍女然と膝を折り、釘を刺しつつも礼をとる。

 もちろん、アストラッドは快諾した。


(???)

 ヨルナは一人焦って、サリィとロザリンド、それにアストラッドを順に眺めた。


「じゃあ、行ってきます」

「あの、アーシュ様すみません。一体どこに――?」


 腰に手を添えられ、ぴん、と周囲の空気が張った気がした。声はあげられなかった。


「!! あっ!?」


 今一歩。

 ミュゼルの手強い拘束を逃れて近寄ったルピナスが二人に触れる直前。伸ばされた手が(くう)を切る。


 ヨルナとアストラッドは、あざやかに“転移”した。




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