59 裸の付き合い(男子)※
「雨、やみませんね……」
「うん」
ヨルナは、ひやり、とした窓に手を当てた。日没にはまだ早い時刻だが、外は薄暗い。
さぁぁ……と、細かな音が窓硝子越しに聞こえる。時おり激しい雨礫に変わるのは、風がつよいせいか。
室内とヨルナの顔をぼんやりと映して、雨垂れは滝のように目の前を伝っていた。
旅籠は上質な館で部屋数も多く、令嬢と専属侍女一人に付き一部屋があてがわれている。とは言え、王太子一行の滞在にあたり、在地の裕福な商人が経営するという“星明かりの雫亭”は、ほとんど貸し切り状態だった。
「姫様、夕食までにお風呂を済ませませんか? ここ、温泉があるそうですよ」
「! 行く! 行きます、サリィ。素敵ね、……あっ、でも露天風呂だとこの雨じゃ」
ふふっと口元に手を添えて微笑んだサリィは、手早く荷物のなかから着替え一式を取り終えていた。
「半露天と、屋内大浴場があるそうですよ。参りましょう。ミュゼル様とアイリス様もいらっしゃるのでは」
「!? うん……っ?? そ、そうね!(※アイリスはいないと思う)」
こうして主従は和気あいあいと一階に降り、通路で繋がれた別館大浴場へと赴いた。
ちょうどその頃。
「なんで、いるんだ……!」
「それ、二度めだねルピナス。ひょっとして語彙力がない?」
「ふざけんなムッツリ王子」
ぱちゃん、と湯音をたてて、藍色の髪を背中で適当に結い上げた少年が湯船に浸かる。アクアジェイルからの随伴者たちは、随従同士気楽に入りたかろうと置いてきた。
裏目。
自身がむっつりと不貞腐れながら肩まで沈むが、適温で炭酸泉でもあるらしく、不機嫌はそう長く続かない。
雨音が広い浴場の無言をかきけし、ほどよいリラックスタイムを作り出していた。
あえて、王子の存在を意識から追い出してしばらく。唐突に問われる。
「ヨルナが好きなのか?」
「!! ……ぶふぁっ!」
ルピナスは、驚きすぎて一瞬、湯に鼻まで沈んでしまった。げほげほと咳き込んでから、ぎっと夢見るような青い瞳のアストラッドを横目で睨む。
「好きです。見たところ、ヨルナは貴方に返事をしていない。保留状態なんでしょう? 王家からカリスト公爵家への打診も後回しのようだし、私が動いても公に問題はない」
「彼女の、何が好き?」
「…………えっ」
どこまでも真面目に問われ、ちょっと呆けてしまった。
――この王子、何を言ってるんだろう。
かなり意図が読めないが、相変わらず高貴さを振りまく整った顔は真摯一色。仕方なく肩で息をついた。
「ひとめぼれです。最初は、姉の身代わりだからと意に染まない女装を強いられて嫌だった。でも、あの子が王城の庭に現れたときは心底、来てよかったと思いました」
「それは、あの子の外見?」
ほかほかと温まって上気した頬で、王子がぐいぐい攻めてくる。ルピナスは半ば自棄になった。当然のように耳まで赤い。
「~~、放っといてくれよ! ヨルナの見た目で惹かれるなっていうほうが難しい。一緒にいても楽しいし安らぐ。大事にしたい。貴方はどうなんだ。似たもんだろ!?」
「似てない」
ばしゃん、と水面を叩いて飛沫をあげさせたルピナスに、アストラッドが初めて険しい瞳になる。
「僕は。……僕は、彼女をずっと探していた。何度も、何度も何度も繰り返して。やっと記憶を持った状態であの子に会えたんだ。誰にも譲らない。君にも」
「? それは……どういう」
「教えない」
「!? は?」
呆気にとられる北公子息を残し、ざあっと湯を滴らせて王子が立ち上がった。腰まで浸かりながら、ざぶざぶと縁へと近づく。
やがて、ちらっとこちらを振り返った。
「お先に。彼女が僕を覚えてるかはわからないけど、覚えてなくても、もう絶対に手放さないから。――じゃあね、ルピナス。ごゆっくり」
「…………『覚えて』って……。貴方は、もう彼女に会ってたってことか? いつ?」
ふ、と、余裕の笑みをたたえた王子はそのまま脱衣場の硝子扉をひらき、「教えない」とふたたび言い残した。
キィ、と軋みをあげて扉が閉まる。
(?? ~~なっ……???)
ふるふると、よくわからない感情が沸き起こる。これは。――……何?
「語彙力ないの、お前だろうがばーか。何なんだよ、あの、優等生仮面王子!!」
がぼっ! ブクブクブク……と、むしゃくしゃして頭まで湯船に潜り込んでしまう。いったん息を吐ききってから止めた。目は閉じたまま。
ぴりぴりと、炭酸の泡が頬を。額をつついて妙にくすぐったかった。