5 恥じらう蕾の咲き初める※
ロザリンド王女とアストラッド王子の襲撃(?)のあと、サリィによって乱れた髪や衣服を整えられたヨルナは、茶会が催されるという中庭へと移動した。
国中の未婚の主要貴族の少女、とりわけ夜会には参加できない年齢層の集まりとあって、可愛らしい女の子がたくさん。生え抜きの名花の蕾が、そこかしこで群生しているようだった。
ヨルナは、いくつもの白いテーブルクロスを掛けられた席のなかでも一つ、奥まった位置にある円卓へと導かれる。
椅子を引いてくれた、城仕えの侍従らしき青年には、そっと礼を告げた。
「ありがとうございます」
「勿体ないお言葉にございます。カリストの姫」
如才ない振る舞いでにこり、と微笑み、青年はてきぱきと周囲の令嬢がたをヨルナに紹介していった。
一人は、きりりとした黒瞳が印象的な藍色の髪の少女。一人はピンクがかった金髪のふわふわとした少女。前者は北公息女アイリス。後者は東公息女ミュゼルと名乗った。
二人とも、そう変わらない年頃で緊張した面持ちだ。自分も、ちょっと緊張していたかな――? と気づいたヨルナは、ふわりと笑んだ。
「初めまして、アイリス様。ミュゼル様。南公が息女ヨルナと申します。どうぞ仲良くしてくださいませ」
「! あ、はい」
「こここ、こちらこそ……!」
「?」
なぜか頬を赤らめ、カチカチになってしまったアイリスと、盛大にどもってしまったミュゼルに小首を傾げる。
彼女たちの背後には自分にとってのサリィ同様、それぞれの専属侍女が付いている。彼女らもまた、目が合うともじもじしたり、口許を押さえて「かわっ」などと口走りそうになっていた。
とんとん、と肩を叩かれ、不思議そうに背後を仰ぐと訳知り顔のサリィ。
彼女は「姫様。そのくらいで」と主に耳打ちすると澄まして姿勢を正してしまう。両手を臍の前で組み、慎ましやかに顎を引いて不動の構え。あとは何を訊いても答えてくれそうになかった。
(……そのくらい……。挨拶を、ということ?)
合点は行かなかったが、まぁいいかとヨルナは流した。ふい、と視線を戻して二人の令嬢へ。「ところで」と、残る一つの空席を左手で指し示した。
「こちらには、どなたがお見えかご存じですか?」
――――――――
「いいえ、聞く限り……我々以外に公爵家ゆかりの子女はいないはずだけれど」
ある意味見た目通りのきびきびとした言葉遣い。アイリスはまだ若干頬を染めたまま、控えめにヨルナに答えた。
アイリスの左で、ヨルナの右隣に座るミュゼルもまた、こくこく、と頷く。卓上で両手を握りしめ、力強く肯定した。
「わたし、『貴族名鑑』で一生懸命勉強したのですけど。どのテーブルも同じくらいの家格で揃えられてますわ。こちらは公爵家。あちらの二つは侯爵。大きな長卓が伯爵家。その向こう……。小さな二人掛けのテーブルがたくさんございますでしょ? あの辺りは、子爵や男爵家と思われますわ」
「そうなんですか」
見た目はふんわり、砂糖菓子のような女の子だが、ミュゼルはめっぽう目端が利くらしい。流石は東――船商人の総元締め、エスト公爵のご令嬢だ。
ミュゼルは声をひそめ、さも大事の確認であると言いたげに身を乗り出した。
「ね、お二方。この茶会と今夜行われる夜会で……三人の王子様がたのご婚約者が決められるって噂、本当かしら?」
「そ」
「あっ、待ってミュゼル嬢。来られた。王家の方々だ」
「え! どこどこ!?」
――――そうでしょうね、と相づちを打つ間もなくヨルナは口をつぐむ。
会場のざわめきは色を変え、少女たちの視線と注意は根こそぎ、中庭の入り口一点へと集中した。