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34 消えた王女と令嬢(想定外)

 待ち合わせ場所にしたつもりはなかった。

 にも(かか)わらず、広場沿いの道を大門に向けて馬足を進めていると、柵の内側の木陰で隠れるようにたむろする少年たちを見つけてしまったのは偶然だった。


(……何なんだ、こいつら。ちっとも隠れられてないし)


 吹き出しそうになったサジェスは、慌ててごほん、と咳払いをした。

 クラヒナ広場を囲う壁は煉瓦造りで、高さは成人女性の肩ほど。それより上は黒い穂槍を連ねた鉄柵なので、馬上からはほぼ丸見えだ。ただ。


 真横を通りすぎたとき、違和感がした。一、二、三……


 いない。明らかに足りなかった。手のかかるお転婆な実妹(いもうと)姫と、将来の義妹になるかもしれない令嬢が。

 ――たまたま見えないだけか。それとも?


「すまないザハル。弟たちを見つけた。馬を預ける。ここで待機していてくれ」


「は」


 馬首を並べた隣の兵士長から実直そのものの返事を確認し、サジェスはひらりと馬から降りた。鞍の後ろに乗せていた、どこにでもありそうな焦げ茶の外套を羽織り、巡回中の兵士にも見えないよう気を配って場を離れる。


 人をかき分け、壁伝いに歩いて大門をくぐり、祭り会場さながらの石畳の区画を右へ。

 見世物小屋やテントが並ぶ界隈の裏手に回ると、そこは木の根があちこちに隆起する、苔なす地面だった。頭上の枝葉が()を遮り、夏場であれば良い涼み場所となるだろう。なるほど、木立と背の低い植え込みが密集して薄暗いため、人目を避けるには打ってつけに思えた。

 足音を立てないように近づくと、トールたちは気づかない。少女の頭数は――やはり足りない。


「……」

 サジェスは極限まで顔をしかめて息を吸うと、とりあえず(はら)をくくって彼らに声をかけた。




   *   *   *




「……何。消えた? 三人が?」


「はい。水魔法と幻影魔法の見せ物があったんですが、それにローズとヨルナが助手として呼ばれて」


 傍目には、ひそひそと会話していた少年少女にやたらと存在感のある青年が加わった形になる。幸い誰も近寄ることはなく、兄弟は思う存分密談に集中した。


 真剣なまなざしで報告するのは末弟のアストラッド。隣には苦渋の表情を浮かべるトール。その後ろには不安そうな東公息女と、剣呑な気配を放つ北公息女がいる。

 話を聞いたサジェスは不可解そうに首を傾げ、腕を組んだ。


「助手をつとめてから戻らなかったってことか……? なら、その一座が断然怪しいだろう。こんなところで(ツラ)付き合わせてる暇はないぞ。なぜ放っておいた」


「それは」


 ――口をひらいたトール(いわ)く、幻影魔法の人魚(マーメイド)や喚び寄せられた水を見ているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 一方、アストラッドたちは人魚の幻が水の真球とともに泡のように消えたあと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 結果、演目を終えたあとなかなか入り口に現れないトールたちを不審に思い、彼らの座っていた客席まで迎えに行ってようやく事態が発覚したと。





「――まじか」


「もちろん、案内をつとめたメイドのベティも探しました。一座の座長もつかまえて、ことの次第を話して舞台裏を全員で見て回ったんです。でも、いなかった……別の人間に(さら)われたのか」


 本当に、本当に口惜しそうにアストラッドが秀麗な顔を歪めている。

 首元を巻いていた幅広の布を指で緩め、表情を露にしたサジェスは茫然と呟いた。「雲隠れ……、精霊の悪戯(いたずら)か。まさか」


「そんなわけないでしょう」

「アイリス?」


「しっかりしてください殿下。ぼ……、私も見ていました。一緒に探しました。ですが、今思うと客席に戻る二人が幻だった可能性は充分にあります。もう一度座長に話を聞きに行きましょう」


 剣帯こそしていないものの、まるで騎士のような凛々しさ。全員の注目を集めたアイリスが堂々と第一王子を叱咤する。

 サジェスはつかのま黙考したあと「わかった」と頷き、ぱっと動いた。


「殿下? どちらへ」


 ことの大きさに、さすがに顔色のよくないミュゼルが問いかける。サジェスは振り向き、申し訳なさそうに令嬢に手を差し伸べた。


「広場の外に部下を待たせています。不審な者が王都を出ないよう、すみやかに伝令の手配を。貴女もいらっしゃい。信頼できる兵士長に城まで送らせます」


「!? そんなっ、私だけ休むわけには参りません! 女の身だと仰るなら、アイリス様だって」


 蜂蜜色の目をみひらいたミュゼルは、あわあわとサジェスと男装の令嬢を見比べる。

 強引に彼女の手をとったサジェスは、あぁ、と合点が行ったようにストロベリーブロンドのつむじと、そっぽを向く紺色の髪の古馴染みを眺めた。



「…………もういいかな。言っちゃっても。すまない、アイリス(そいつ)、男なんだ」




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