32 過ぎたるは(前)
世の中には、当たって欲しい予感と外れて欲しい予感がある。
(今日は後者だな)
ブルルル……ッと騎乗している馬が焦れたように鼻を鳴らし、“ねぇねぇ行かないの?”とばかりに乗り手を急かした。サジェスは瞳を和ませ、愛馬の首を親しげに叩いてやんわりと諭す。
「まだだよ」
「殿下? ご指示ですか」
「いや」
後ろを振り返り、馬を宥めただけだと告げると、アストラッド付きの剣の指南役でもある兵士長ザハルは表情を変えずに「畏まりました」と、一礼した。
同じく騎馬。ほか、歩兵四名。王都警備兵の証である群青の兵服に身を包んで帯剣している。全員軍務に慣れた隙のない物腰で、あたりを満遍なく警らしていた。
サジェスも兵士長級の装備をまとい、お仕着せの帽子を被って目立つ髪を隠している。薄手の襟巻きで口元を覆っているせいもあり、第一王子その人だと気づく民は皆無だった。
* * *
ゼローナには暦上、とくに定められた休日などはない。どの店舗、どの業者も自ずと決めるものであり、例外は教育機関ぐらいなものだ。
が、都の民がこぞって祝祭モードになる日がある。それが、遠方からの楽団や劇団、旅の芸人一座が訪れたときだった。
誰が定めたわけでもないが、春は王都きっての公営市がひらかれるクラヒナ広場を開放して、技芸の一大祭典が行われる。
数日かけて催されるそれが、今年はたまたま辺境から流れてきた一座が一番人気を博していると、報告には上がっていた。
異国好きな妹姫がお好みそうです、とも。
例年であれば何かあっても転移するだろうと、親兄弟ともども黙認していたが、今回ばかりは。
――『建前はともかく、姉上は現在無力。僕とトール兄上がついて参ります。サジェス兄上も、万が一のために警ら兵を増やして街に出ていてくださいませんか』とは、今朝いちばんに末弟アストラッドから提案された。
本日は予定もなかったことだし、それをあっさりと飲んだ形ではある。
ふと、思いつく。
カッカッ……と、愛馬の蹄が軽やかに石畳を打った。周囲に威圧感を与えぬよう、馬をリラックスさせるためにもサジェスはさりげなく馬首をかえす。ザハルは遅れずについて来た。
「どちらへ?」
「ここは城に近すぎる。とりあえずクラヒナ広場の大門前へ。すでに治安維持のための部隊が回っているのは知ってるが、そろそろ午前の公演も終わりごろだろう。あわよくば出てきた弟妹たちを冷やかそうかと」
「はぁ……なるほど。皆様、驚かれるでしょうね。三公家の令嬢がたも王女殿下に同行されているのでしょう?」
「あぁ。何だかんだと、王家の都合で足止めさせて窮屈な思いをさせている。気晴らしにちょうど良いのではないかな。びっくりも含めて」
「――左様で」
ポクポク、と、歩兵がついて来られる程度のゆるい並足。
晴天に春の陽はうららかで、風も気持ち良くそよいでいる。民の賑わいはサジェスの安らぐところでもあった。
多少の心配はあったが、街はおおむね平和そのものだった。
――――広場に辿り着き、ある意味予想を上回る事態に陥った面々と遭遇するまでは。
ちょっと短めで申し訳ありません。合流まで、もう少しお待ちを!