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25 王女の熱意

 一方、そのころ。

 王族の住まいでもなく、執政区画や客人用の棟でもなく。

 荘厳な空気の漂う謁見室に、その親子はいた。


「残念だロザリンド。まさか、そこまで蒙昧(もうまい)なる兄弟愛に目を眩ませていたとは」


「お言葉ですが父上」


 こほん、とつよめの咳払い。玉座に(いま)す国王になんら怖気(おじけ)ることなく、段の下にありながら(ひざまず)きもせず、灼熱の髪色を持つ王女は堂々と訂正した。


「ブラコンじゃないわ」


「? ……ぶら、こん? 何だそれは。とにかく罰は罰。今一度反省し、厳粛に受け止めよ。さもなくば、王女としての身分と“能力(ギフト)”の剥奪も辞さぬ。国境の塔に生涯幽閉など嫌であろう? この平和な時世に。愚かなことだ」


「……」


 苦々しい表情。低い声音は娘を疎ましく思っている……というよりは、心底それだけは避けたいという気持ちの表れだった。面だちは髪と目の色が同じ王女よりも、長男のサジェスが近い。

 炎のように波打つ髪を肩下まで垂らし、精悍な頬。凛々しい眉に鋭いまなざし。髭がないためか、少々若々しくもある。

 慈しみ深さと手堅い賢政で民から慕われている反面、外見の印象はどこまでも苛烈な印象を抱かせる国王――オーディンの泣き所とは、すなわち愛娘だ。


 大臣も王妃もいない、完全な人払いをした空間に父と娘が二人きり。

 さて泣きつくか、今朝のように切々と改心を訴えるかと思いきや、転移魔法はおろか魔力のほとんどを父によって封じられたロザリンドは、にっこりと笑った。「え」国王は、思わず目を疑う。


(反省? ぜんぜん。計画通りよ、()()()()

 この上なく淑女にふさわしい礼をとった王女は顔を上げ、やはり勝気な瞳で傲然と言い放った。


「お話はそれだけですの? 父上。では、御前失礼いたしますわ。お時間を賜り、たいへん申し訳ありませんでした」









 後ろも見ず、供も連れずに自室へと戻る。

 カツ、カツと細いヒールが磨き上げられた床を打つなか、広々とした通路に居合わせた使用人たちは揃って(おもて)を伏せ、脇に逸れて道を譲り渡した。


(どうしたものかしら)

 向けられる尊崇も『役割上』当たり前。前世の自我は、この世界に生まれたときからずっとある。

 “主神”と呼ばれる、世界の管理者らしき()()()()と交わした会話の記憶も。



「お帰りなさいませロザリンド様」


「えぇ」


 パタン、と閉じた扉のうちには、自分と同じ年頃のメイドの少女が一人。

 最初は一般公募で採用された洗濯場の下働きだったが、なにかと気の利く性質(たち)なのを見抜いて以来、ひそかに重用している。昨日の茶会で公爵令嬢たちの誰かに手紙を渡すよう、(ことづ)けたのもこの娘だ。


 身分はかろうじて身辺の雑務を任せられる程度。けれど、それ以上取り立てては王妃(はは)や他の目ざとい女官に勘づかれ、遠ざけられてしまう恐れがあった。


 あくまで気まぐれ。あくまで『我が儘王女の思いつき人事』と受け取られねばならない。


(バカのふりも疲れるのよね……)


 適度に目端が利いて、適度に物をわからない。

 それでいて従順。余計なことは尋ねない腹心のメイドの少女に、ロザリンドは軽く流し目をくれた。


「それで? 今、城下には何か面白いことがあって? わたし、魔法の一切合切を封じられちゃって、すごーく退屈なの」




   *   *   *




 ――“この平和な時世に”


 確かにそうだ。

 ゲームであれば戦争中のはずだった。

 北の国境向こうから魔王軍が押し寄せ、それでわたし(ロザリンド)が幽閉されていた塔も襲撃を受ける。

 人質として、略奪された状態から始まるハードモードの逆ハーレム。難易度は高いが、何としても。


(あの“神”とやら、ちょーっと匙加減がわかってないみたいだけど、まぁいいわ。仕入れた情報によれば、魔族のキャラクターはゲーム通りだったし)


 今もあざやかに思い出せる、前世の最推し。

 赤い瞳に長い黒髪の、危険なほどの超絶美形。名はユーグラシル。

 架空の人物だとわかっているのに、画面に映るたび、入手したグッズで見るたびに心を鷲掴みにされた。


 せっかく、望み通りに裏ヒロインとなれたのだ。

 多少ゲームと異なろうとも、絶対に彼の元まで辿り着いてみせる。



 ロザリンドは有りあまる熱意と根性を、きらり、と閃く水色の瞳に忍ばせ、腰を落とした長椅子の肘掛けへともたれた。



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