24 バラと、シロツメクサと
籠のほうです。冠は、トール殿下がくださいました。
そう伝えてからのアストラッドは実に鮮やかだった。にっこりと非の打ち所のない笑顔を浮かべて、さっさとヨルナの左腕にかかっていた籠を取り上げてしまう。
「あ!」
確かに花束は渡すつもりだった。でも籠まで持たせるわけには……と、自由になった左手を伸ばして追いかけるも、ひらりと避けられる。
「アーシュ様? お返しください。そちらは王妃様にっ……」
「平気。戻しておくよ。それよりちょっと寄り道していい? 僕もそれ、作ってみたいんだけど」
「それ?」
左手にヨルナの手。
右手にバラの花籠を掲げたアストラッドは歩みを止め、ふたたび完璧な笑顔を向けた。
「――花冠。兄上は魔法を使ったでしょう? 僕は自分で作ってみたい。よかったら、教えてください。ヨルナ嬢」
* * *
(意外。ご兄弟で張り合っちゃったりするのかな。DIYスキルとか……器用さ合戦?)
そういうことでしたら、と大人しく付いてゆくと、木立が途切れて広場のような空間に躍り出た。
日の光を浴びて一面、シロツメクサに似た真ん丸い花と葉が、いっぱいに敷き詰められている。
寝転んでみたくなるほどふわっふわだ。ピンク色の蓮華っぽい花も混じっている。
「わぁっ……!」
思わず歓声をあげるヨルナに、アストラッドは先ほどよりもずぅっと和らいだ表情をした。惜しむらくは彼女の後ろに立っていたため、ヨルナにはちっとも見えないこと。
それでも、ふふっと楽しげな声がもれる。
つられて振り返ったヨルナは「アーシュ様?」と呼んだ。アストラッドは緩く頭を振る。
「ううん、何でもない。座れるかな? この時間なら露はないし、そんなに汚れないと思ったんだけど……」
しまったな、と呟く王子は稽古のためか軽装だった。目線や仕草でマントがないのを悔んでいるように見えたヨルナは、きょろきょろと辺りを見渡す。
(あった)
目ざとく葉っぱだけの場所を見つけると、そのまますとん、と腰を降ろす。呆気にとられる王子を見上げて、にこりと微笑んだ。
「大丈夫ですわ。公都の邸ではこれくらい、しょっちゅうでしたから」
どうぞ? と逆に促され、アストラッドは面白そうにヨルナの左隣に胡座をかいた。
――――十分経過。
ヨルナはシロツメクサ(仮)を摘んでは編み、ささやかながら手本を示してゆく。
アストラッドは見よう見まねで籠のバラを使い、一本ずつ茎を連ねていた。
「痛っ」
「あぁぁ、棘には気をつけてくださいね? 小さいですけど、刺さったらすごく痛いですよ?」
「そうみたいだね。さすが兄上。知り尽くしてる……。そうか、だから魔法で編んだのか」
アストラッドは棘を刺したらしい親指を悔しそうに舐めている。
治癒魔法を使えないのを申し訳なく思いつつ、ヨルナはそっと訊いてみた。
「トール殿下が魔法を使われたと、どうしてお分かりに?」
「うん? んー……、次兄は生育魔法が得意で。切り花をもう一度土に根づかせたり、生長を促したりするのが上手いんだ。でも壊滅的に手先は不器用だから」
「はぁ」
――わかりにくいが、つまり。
言外に花冠の見事さを褒めているようなものだった。ヨルナは、くすっと笑う。
(そういえば最初の若君も。そのあとのあなたも一人っ子だったかな。良かった。ご兄弟がいるのって楽しそう)
にこにことご機嫌で花を編む少女に、アストラッドも頬を緩める。やがてコツをつかんだらしく、リズミカルにバラを編んでいった。
「あのね。君を翔ばしたサジェス兄上は、あとできつ~く叱っておくけど。今度姉上に無茶をされそうになったら言ってやって。『このままじゃ辺境に追放されますよ』って」
「うう~ん」
笑顔一転。ヨルナは遠慮なく困り顔になった。なにしろ、それこそがロザリンドの本懐だと今なら知っている。
視線を落とす。編んだ花縄を輪っかにしながら、ぽそっと尋ねた。
「王女殿下は、お帰りのあとどちらに?」
「……ほんとは内緒なんだけど。実は、けっこう深刻なんだ。いつもの魔封じの部屋は壊されちゃったから、今は父上が姉の力を一部、“縛って”るはず」
「縛る……。んん? あれ?」
「はいどうぞ」
ヨルナは目を白黒させた。わりと込み入った話をしていたはずだが、いつの間にかアストラッドがトールの花冠を外し、代わりにみずからのお手製冠を乗せている。
「???」
きょとん、と瞬くと、アストラッドは悪戯っぽく首を傾げた。
「僕のバラは君にあげる。代わりに兄上のバラを僕がもらう」
「え……? でも、それじゃおかしくありません?」
ヨルナは新しい冠に両手で触れながら、ぐるぐると思考を巡らせた。どの王子もあっさりと王妃のバラを手放してしまった。どころか。
(ええと? アーシュ様は、トール殿下の花冠が欲しかったってこと?)
「…………」
悶々と悩む少女に堪えきれず、アストラッドは吹き出した。「何か勘違いしてるかもしれないけど」と前置き、ふわりと顔を寄せる。
「!! きゃっ」
「べつに、兄上のが欲しかったわけじゃないよ。僕が、君にあげたかっただけ。……そうだな、これもいただけますか?」
一瞬、左の肩先に金の髪が掠めるほど近かった。去り際、膝の上に置いてあったシロツメクサの花輪まで奪われてしまう。
あうあう、と声にならずに赤面したヨルナに手を差し出し、ひどく強引で紳士な王子は行儀よく少女を林の出口まで導いた。
そこからは、繋いであった愛馬に相乗りさせて王城の客棟まで送ってゆき。
やきもきと階下に降りて主を案じていた、サリィに見つかった。