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23 三度目のアストラッド※

 ――わが国の尊い王家のご兄妹は、天から(たま)いし奇跡の能力(ギフト)をいとも気軽に使いすぎやしないだろうか。

 一度目はロザリンド。

 二度目はサジェス。

 まさか長兄殿下にまで()()()()()とは思いもしなかったヨルナは、瞬く間に空間を越えたことを実感した。


「ここ、どこ……?」


 そろり、と見渡す。うってかわって屋外だった。


 空を仰げば緑の天蓋(てんがい)。ほっそりとした木々の向こうには白く輝く尖塔群と建物が見える。

 表門付近にあった、川に隣接した林のどこかだろうか。それ以外は見当もつかない。


 王城の敷地面積はとかく広大で、地球で暮らしたころの感覚でいうと、ハイキングで片道二時間以上はかかる森林公園を思わせる。

 とはいえ、周囲の木々は自然を模して植えられた印象を受けた。ぼうぼうの藪や倒木などもなく、平坦で歩きやすい。


 傾き始めた()が枝葉越しにやわらかな光を投げかけている。落ち葉一つない芝生と土がふかふかと(くつ)裏を受け止めるのが気持ちよくて、ヨルナはとりあえず林の奥――城とは正反対の方向を目指した。

 すると。



 カンッ

 カッ、……カァン!



 長閑な風景を引き締めるように甲高い音が響いた。頑丈そうな木が打ち鳴らす、乾いた音だ。ヨルナは躊躇なく前へと進んだ。

(どこ? こっち……。もっと奥のはず)

 近づくたびに大きくなる。やがて、さぁっと視界がひらけた。


「!!」


 ざっ、と、あわてて足を止める。いつの間にか小走りになっていた。


 そこは、小さな練兵場だった。

 兵士の数はまばら。正方形に敷かれた石畳の中央で、短い金髪の少年が木剣を片手に、果敢に壮年の男性へと打ちかかっている。


挿絵(By みてみん)



「甘いですよ王子、木剣でこれではまだまだ」

「ぐっ……!」


 容赦なく下から振り上げられる一閃。

 『王子』と呼ばれた少年は素早く両手で剣を支えようとしたが受けきれず、見事に弾かれてしまった。

 ひゅるるる……と回転しながら高く放物線を描いた木剣は、なんとヨルナ目掛けて落ちてくる。

(うそっ、ぶつかる……?)


 反応できずに固まる、刹那。

 荒い息をつきつつ後ろを振り向いた少年――アストラッドとばちり、と目が合った。


「?!! 危ない、ヨルナ嬢!!」


「……っ……!」


 頭ではわかる。なのに声が出せない。

 顔を伏せ、とっさに腕で庇うように身を縮こませていると、必死の形相のアストラッドが右腕をすばやく振り払うのが見えた。


「!」

 たちまち頭上からかき消える木剣。

 同時に、随分と離れた場所でカラカラァン!! と、派手な音がした。




   *   *   *




「すげぇ……」

「さすが王子」

「ちょ、ていうか誰だ、あの子?」


 外野で稽古を見物していた五、六名の兵士が騒ぎだすなか、壮年の男性とアストラッドはそろってヨルナに駆け寄っていた。


 ――一見すれば、ヨルナは花籠を手に迷い込んだどこぞの令嬢だ。

 が、息一つ乱さず片膝をついた男性は少女に目線を合わせると、ごくごく慇懃に話しかけた。


「申し訳ありません。私はここで兵隊長をつとめております、ザハルと申す者。失礼ですが、カリスト公爵のご令嬢とお見受けいたしました。なぜこんなところへ? 供の者はどうされました」


「あっ」


 色々あって失念していたが、ヨルナはそこで、ようやく気がついた。

 成り行きとはいえ、客分として迎えられている王城内で勝手に動き回るなど、もっての(ほか)。淑女としてあるまじきことだった。羞恥で、かぁぁ……っと頬が熱くなる。


「あ、あの。実は王妃様のご用命で。王子様がたにバラをお配りしていました。先ほどまではトール殿下のお部屋に……。でも、付き添っていただいたサジェス殿下に、どうやら転移の魔法を行使されてしまったようで」


「! あいつら」

「王子」


「あぁ、うん。すまない取り乱した」


 顔色を変えたアストラッドを、ザハルは落ち着いた声音で(たしな)める。

 細く息を吐いた王子は気持ちを切り替えるように首を横に振ると、立ち尽くすヨルナに手を差し出した。


「もう。母も姉も兄たちも……。何から何まですみません、ヨルナ嬢。よろしければ、お部屋までお送りします」


「は、はい」


「ザハル、付き合ってくれてありがとう。今日の稽古はここまでにするよ」


「仰せのままに」


 ザハル兵隊長以下、部下らしき兵たちは全員礼をもって二人を見送る。

 花籠を持っていないほうの手を優しく引かれ、ヨルナは練兵場をあとにした。


 木漏れ日のさす、鳥の(さえ)ずるしずかな林。

 来た道を戻りつつ、アストラッドはヨルナにそっと囁いた。


「ところで。僕にくださるというバラは、その籠の花? それとも冠のほうですか?」




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