19 王妃の使い
――神様の頼まれごとは、多分、人の身には重すぎる。
自分についても随分手を焼いておられる風だったが、冗談じゃない。彼女のほうがよほど深刻だ。
ヨルナはぼんやりと途方に暮れた。
(ロザリンド様の願いは、できるだけゲームの流れに沿って『役』を演じながら、魔族の元に追いやられること……の、ようだけど)
軌道修正は難しいのではないだろうか? すでに、聞きかじっただけでいくつも綻びが生じている。
彼女の話を繋ぎ合わせると、ゲームとの相違点は以下のとおり。
①正ヒロインが転生者
②北公子息がいない。アイリスは息女
③サジェス王子が(※何もしていないのに)夜会でエルミナ伯爵令嬢を見初めなかった
④王妃様は追放より幽閉派
⑤国王陛下が娘に甘い
なんと、たっぷり五つ。特に④と⑤は決定打だろう。
ヨルナは原作の『銀のひめごと』を知らないので、どちらかと言えばこの世界よりの見方で物事を考えてしまう。
王女を国外追放だなんて。
ふつう、あり得ない。
「……詰んでるんじゃないかしら……」
「摘む? いいえ、ヨルナさん。その花は棘があるわ。ちゃんとお渡しした花鋏を使ってね」
「! あ、はい。王妃様」
いけないいけない、と、ヨルナは慌ててしゃきっと背筋を伸ばした。
目の前には小ぶりで可憐なバラの群生。品種はよくわからないが、深いベルベットのような深紅の花が露を含み、いまが盛りとひらいている。
あれから唐突に『ところでヨルナさん。お花は好き?』と訊かれ、浴槽に入れたり、ジャムにするからと、観賞期の終わりが近そうなものの間引きを頼まれた。
それで、手にした花鋏で、ぱちん、と茎を切っては花籠に入れる。その作業を繰り返している。
なお、花を育てるのが趣味というこの国一番の高貴な女性は、階段状になった鉢――プランターのようなもの――を、上から順に手入れしていた。
これを見越したかのように、王妃のドレスはパニエなどで膨らませた型ではなく、すっきりとしたIライン。袖の形もシンプルで、ちいさな籠を手に着実に雑草を抜いてゆく姿は堂に入っている。
プランターの高さも大人の腰の高さで、なるほど貴人が楽しみながら世話しやすいよう、ちゃんと設計されているのね……と、妙なところで感心した。雑草抜きこそを手伝うべきだったのだが。
ヨルナのドレスは、ふんわりとしたプリンセスライン。到底細い場所には入れない。申し訳ない気もしつつ、王妃自身が実に健やかな面持ちでいらっしゃるので、まぁいいかと微笑んだ。
――子を思う気持ち。
ヨルナはいつも二十歳を前に猫になってしまうので、想像でしかわからないが、おそらく。
(王妃様、できればロザリンド様を幽閉なんて、なさりたくないはずなのに)
…………。
むかむかむかむか。
ちょっとだけ、あの破天荒な王女様にもの申したくなった。
* * *
「まぁ、ありがとう。とってもたくさん採れたのね。いい匂い」
「光栄です、王妃様」
作業を終え、花でいっぱいの籠を二つ差し出すと、王妃は嬉しそうに花弁に顔を寄せていた。とにかく絵になる。麗しい。
ご用はおしまいかな、さてどうしよう――
退出の心の準備に、これからのやるべきこと。それらに忙しく頭を働かせていると、鋏と籠を受け取った王妃が、ふふっと笑った。
「実の娘には困ったものだけど、わたくし、ヨルナさんならどの息子の妃にもなっていただきたいわ」
「さらっと、そんな恐ろしいこと仰らないでくださいませ。王妃様」
「あら、そう?」
ころころと上品に笑い声をあげて、王妃は「はい」と、花籠を一つ、ヨルナに返す。
(ん?)
予想外の対応に少しだけ警戒した。
これは、何を言われるかわからないやつ。
戸惑い、見つめる少女に王妃がいたずらっぽく片目を瞑る。それがまたアストラッドに瓜二つで。
「お」
「外で待機しているマーロン夫人に案内をお願いするわね。そのお花、息子たちに順に分けて来てくださらない?」
「ふぇぇっ!!!?」
王妃様、と呼ぶはずだったのに、みなまで言わせてもらえなかった。
チリリリン、とテラス席の鈴を鳴らすと、本当に待機していたらしい夫人が間を置かず、淑やかに温室に入って来る。
あ、だめだ。これは逆らえないやつ。
瞬時に判断したヨルナは口を開けたままで固まっていたが、やがて困り笑いで退出の礼をとった。
「はい。承りました。王妃様」