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18 流水と花木のサロン

 当然だがサリィの同行は許されなかった。

 ヨルナはただ一人、王妃名代(みょうだい)として訪れた女性に連れられて王城の敷地内を歩く。


 客棟から出てロザリンドに落とされた池のほとりを歩き、粛々と王族の住まう棟へ。その手前に位置する“王妃のサロン”と呼ばれる温室への招待とのことだった。


 建物が見えてヨルナは、なるほど、と心で頷く。


 午後の陽射しを受けて、ドーム状の屋根を持つ温室はきらきらと輝いている。

 天井も壁も全て、丁寧に接がれた透明なクリスタル。補強の意味あいもあるのか、接合部分は金属で蔓が絡まるような意匠の装飾が施されていた。白、青、黄、赤、紫、ピンク……色あざやかな花々が咲き乱れるなか、ガーデンテラスのような一画がある。

 四方の壁のうち三方は細長い鉢植えが階段状にびっしりと並べられ、外から引いた池の水が循環する仕組みになっていた。







「失礼いたします妃殿下。ヨルナ・カリスト様をお連れしました」


「ありがとう、マーロン夫人。あとは私が」


「畏まりました」


 キィ、と、開けたままになっていたアーチ扉が閉められ、ヨルナは王妃とたった二人、広い温室に取り残される。


 若干の緊張。

 一応、王族の招きに耐えられる略正装に着替えて来たヨルナは、その場で深く礼をとった。


「王妃様。お呼びと伺い参りました。お待たせして申し訳――」


「いいのよヨルナ嬢。よく来てくださいました。とにかくこちらへ」


「は、はい?」


 顔を伏せていたところ、急に手をとられて瑞々しく整った面差(おもざ)しに覗き込まれてしまう。

 青玉(サファイア)の瞳があまりにアストラッドと似ていたため、どきっとした。

 あわあわとするヨルナに構わず、王妃はテラス席へ。長椅子に銀の髪の少女を座らせると、自身もそっと隣に掛けた。この間わずか十秒。


(あ)

 座ってみると、ちょうど鉢植えの段や花木(かぼく)の影となり、外の通路や建物からは死角となるのがわかった。


 内緒話のたぐいだろうか。あるいはお叱り?

 びくびくとそう思い始めたころ、王妃は切羽詰まった表情で頭を下げ、両手で少女の手を握った。


「?!」


「ごめんなさい……ヨルナさん!!!」




   *   *   *




 仮にも。

 ゼローナでは王に次ぐ位の至尊の君。

 そ の か た か ら 。


(うそぉっ?!!!)

 ヨルナはさすがに動転した。


「おっ、おやめください王妃様!! どうかお顔を上げて」


「いいえ、そういうわけには」


「~~!! わたくしこそ、王妃様にそのように陳謝していただくわけには参りません。お願いですから」


「…………わかったわ」


 不承不承(ふしょうぶしょう)(てい)で王妃は顔を上げた。せっかくだから、と手ずから温めたティーポットにハーブとお湯を注ぐ。

 そうして手際よくハーブティーを淹れてしまうと、コトン、とヨルナの前に茶器を置いた。


 王妃は、自身の手を(ぬく)めるようにみずからの器を手にとると、流れるように招致の理由について話しだした。


「今回のことは……前回も含めてですが。ロザリンドがしでかしたことは、母親である私にも大きな(とが)があります。謝罪はさせてちょうだい、ヨルナさん。どうにかあの子を更正させたくて、ここ数年、とても厳しく接しているのだけど」


「厳しく……。そういえば昨日も“魔封じの部屋”での謹慎を命じられたのですよね(※抜け出してたけど)」


「えぇ。なのに、あの子ときたら媒介の術具を壊して脱走してしまって」


「!! そんなことが!? あ、いえ。その……正直、王女様の()()()()()()()を考えれば、ご公務は難しいのでは、と感じていました。なぜ許されたのです?」


 ちょっときつい言い方になってしまったが、ヨルナはそれだけは聞きたかった。

 王妃は困り果てた様子でため息をつく。


「恥ずかしながら……騙されたのよ。貴女に転移魔法をかけて池に落としたあと、泣きながら私と陛下に謝ってきたから。『アーシュや兄様たちを取られると思って(たかぶ)ってしまった。ヨルナ嬢は何も悪くないのに、ひどいことをしてしまった』と」


「まぁ」


「『これからは心を入れ換えて王族のつとめを果たす』とも、ね。それで、あろうことか陛下が情けをかけてしまわれて。……ばかでしょう? 親として誠に浅はかでした」


「え、そこまで」

「そこまでの愚行でした」


「……はぁ……」


 爽やかなレモンに似たハーブの香り。鼻腔を抜ける(すが)しい風味も負けそうな、王妃の苦みばしった表情。これは。


 ヨルナはおそるおそる問いかけた。


「あの。まさかロザリンド様を勘当なんてなさいませんよね? 追放ですとか」


「まさか」


 うふふ、と王妃は笑う。

 品のある顔だちなので、ある意味凄みのある怒り方だった。


「追放だなんて。いざとなれば生ぬるいわ。さすがに命で(あがな)えとは言いませんが。守るべき民を“王家の能力(ギフト)”で(しいた)げるなどもっての外。酌量の余地もないもの。今度、何かあれば王統図からの除籍も検討した上で魔封じを施し、国境の塔に幽閉してもよい、と通達済みです」



 ――娘に。


 そう付け加えた王妃の瞳には、たしかに怒りだけではない、悲しみが見てとれた。



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