17 本人不在の大混沌(カオス)
((お友だち……))
甘やかな微笑。完璧なる造形。たとえるならば銀の燐光ふりまく小さな天女。
十二歳は確かに子どもなのだが、生育状況から察するに、ヨルナは十八歳のサジェスとも、十七歳のトールとも、もちろん十五歳のアストラッドとも釣り合いが取れる。――四年ほど婚約期間をもうければ。
ミュゼルとアイリスは、そろって顔を見合わせた。
「自覚がないっておそろしいことね。アイリス様」
「まったくです……。殿下がたには、きっちり釘を刺しておかねば」
「あら」
ヨルナは『聞こえてますよ』と、口にしかけたが黙っておいた。聞きたいことは別にある。
「どうぞ、お二人とも。まずはあちらでお掛けになって。私、王都の神殿は行ったことがないんです。いかがでした? 滞在は夕方までと伺いましたが。他の方々もお帰りなのですか?」
「どうもこうもないわ。わたくし、どちらかと言えば神殿よりも商業組合とか、流通面に興味があったから……」
ぶつぶつと正直に答えつつ、フットワークの軽いミュゼルはあっという間にソファーセットへと移動する。
アイリスは口許に手を添え、まだ宙を睨んでいた。考え事があると動けない性質らしい。
仕方ないな、とヨルナは苦笑した。
「アイリス様」
「ん」
みごとな生返事。ヨルナは柔らかな素材のワンピースを靡かせ、笑みを深めてアイリスの前へ。
手袋をはめた両手を握ると、やんわり実力行使した。
「へっ!?」
なぜか息をのみ、はくはくと口を開け閉めするアイリスの顔を、いたずらっぽく見上げる。
「さ、いらしてくださいな」
「う……、うぅっ」
やさしく引っ張ると、騎士装束の令嬢は難なくヨルナのエスコートに従ってくれた。
* * *
「最初に暴走したのはロザリンド殿下ですわ」
「またですか」
騒ぎ(?)を聞きつけ、お城の侍女が運んでくれたのは蜂蜜を練り込んだ丸い揚げ菓子。
手のひらサイズのそれを両手に持ち、はむ、とかじるミュゼルは小動物めいた愛らしさがあった。
咀嚼中で喋れないのを見越したアイリスは、横から言を次ぐ。
「そう。跳ねっ返りとは聞いていたが、とんだ王女様ですね。孤児院に着いて、王妃様が院長室に向かわれたとたんにやりたい放題だ。子どもたちをけしかけて、令嬢がたを無理やり泥んこ遊びに引き込んだり」
「……目に浮かびますね。それから?」
「サジェス殿下は、エルミナ伯爵令嬢がお気に入りのはず、とか言い出して」
「エルミナ伯……ひょっとして、夜会に出ておいででした?」
「そうそう」
ごくん、と、菓子を紅茶で流し込んだミュゼルが食い気味に返事をする。続きは自分が、とばかりに視線を流すと、猛烈に語りだした。
「黒髪の綺麗なかたよ。でもね、今回の同行者にはいらっしゃらなかったの。おまけに殿下ったら『それならカリストのヨルナ殿の五年後のほうが遥かに』と、つるっと仰って。そこからがもう……。わたくしには、ご不在のヨルナ様をご兄弟で取り合っているようにしか見えませんでした」
「冗談ですよね?」
間髪いれずに突っ込むが、それこそ悪い冗談のように流される。アイリスは神妙な顔に苦笑を浮かべた。
「王子様がたの真意はともかく。――ただ、じゃれているようにも見えたし。とどめはやっぱりロザリンド殿下だろうな。『ヨルナなら今朝、池に落としてやったわ。誰であれ兄様たちやアーシュの妃なんか認めない』と」
「……ドン引きですね?」
うんうん、とアイリスとミュゼルは同時に頷く。「引いてたな」「実際、数名はそのままお帰りでした」
「えぇっ」
今度はヨルナが思案する番だった。
(どうしよう。これじゃ、お妃様候補がいなくなっちゃう? せっかく、令嬢がたのなかには、アーシュ様の本当のお相手もいらっしゃったかもしれないのに)
ロザリンドの行いは、王子たちの幸せまで遠のかせているように感じた。
国王夫妻も、さぞかし頭痛の種だろう。好きこのんで娘を追放する親なんかいない。
「ね、本当に突き落とされましたの? 王女殿下に」
やきもきと尋ねるミュゼルに「え。いえ……まぁ」と言葉を濁したとき。
扉がキレよくココン! と鳴らされた。
失礼いたします、と現れたのはお菓子を運んでくれた侍女とは違う女性。少し位が高そうに見える年配の婦人だった。
婦人は、優雅にドレスの裾をつまんで一礼した。
「ご歓談中申し訳ありません。お嬢様がた。妃殿下より、ヨルナ様をお呼びするように申しつかりました」
今度は三人、卓上で顔を見合わせた。