14 いばらの道の王女さま
「おかしいわ」
「? どうされました? 王女様」
朝食後。
早速、ロザリンドから襲撃を受けたヨルナは庭に連れ出され、小高い丘に建つ王城をぐるりと囲む池に浮かぶ、繊細な造りの舟の上にいた。いわゆる舟遊びだ。
木造のようだが全体を塗料で白くコーティングされ、手すりや舟首に優美な金の装飾が施されている。ゴンドラのように縦に細長い形。
櫂は付いているが漕ぎ手はいない。どうやら魔法で動いているようだ。
女性二人なら余裕で入れる日除け傘が中央に備えられており、ヨルナとロザリンドはクッションを重ねてふんわりとさせた座席に隣り合い、ゆったりと腰かけている。
主に付き合わされたサリィは少し離れた後部座席で、同じように王女に付き従った城の侍女と何やら熱心に話し込んでいた。
あちらはあちらで反対側を向いている上、お行儀のよい小声なので、内容までは聞き取れない。
ヨルナは、ちらっと隣のロザリンドの横顔を窺った。客室から拉致されたときも思ったが、ずいぶんとご機嫌斜めだ。
根気よく待つこと少々。王女はようやく言葉を次いだ。
「……おかしいのよ。ゲームと違う」
「そりゃ、ゲームじゃありませんから」
即答の声に、王女はたちまち鼻の付け根に皺を寄せる。
「わかってるわよ……! こうして正ヒロインの『ヨルナ・カリスト』が悪役王女の『ロザリンド』と密談するイベントなんて公式にはなかったし。普通はねぇ。いびられていびられて、いびられ抜くのよ」
「はぁ」
――よかった。昨日のようなパワハラは受けずに済みそうだ。
ひょっとしたら、この王女様とは、方法次第でスムーズなコミュニケーションを取るのも可能なのでは……? と、希望が浮かぶ。
神様には理解不能だった『乙女ゲーム』。おそらく、それこそが打開点なのだ。
ヨルナは、そっと上半身を傾けて王女に身を寄せた。「……何よ」と、鼻白む顔に微笑んでみせる。
「要は、あなたの望みが叶えられたら良いのですよね。魔族の王の元へゆく。それは”追放エンド“でなければならないのですか?」
「うっ……、いや、それは」
怯んだ。よしよし、この調子。
ヨルナは追撃がてら、にこにこと王女の手をとる。
「!」
「まずは確認でしょうか。何がゲームと違いました?」
「えっ、あああの……。サ、サジェス兄上が夜会で誰も見初めなかったのよ。茶会で『ヨルナ』との好感度がMAXにならなきゃあり得ないことなのに。あんた、昨日何かした?」
「何か……?」
両手で王女の左手を包んだまま、ヨルナは小首を傾げた。記憶を総ざらいする。
「いえ。特に。サジェス殿下は、北公ご息女のアイリス様と親しくしておいででしたわ。私は二、三お声を交わしただけです」
「アイリス……北公息女?? う~ん。やっぱりおかしい。ゲームじゃ、北公には息子しかいないもの。あ、これも『ヨルナ』の攻略対象ね。『銀のひめごと』――って、一応タイトルなんだけど。ゲームじゃ魔族とは戦争中なのよ。『ヨルナ』はいにしえの予言の姫で、あんたが選んだ男が戦争を勝利に導くっていう」
「……今、とっても平和ですよ?」
「ん、それはわたしも変だなって思った。でも、戦なんかちょっとのきっかけで起こるもんだし」
「やだ。起こさないでくださいよ」
不安そうに見つめるも、ロザリンドはけらけらけら……と、笑い飛ばした。「わかってるわよ、面倒くさい」
「じゃあ」
ほっ、と肩の力を抜く。
すると、にやり、と笑われた。
「さすがはヒロインっていうか。あんた、基本的に男女見境なくたぶらかしに掛かってるわよね。危な!」
「たぶらかすなんて――……? はい?」
ロザリンドは急に立ち上がった。ちょいちょい、と指で招き、ヨルナも立たせる。
そのまま傘の影から出て二人、舟の端へと近寄った。体重が偏り、片側にたぷん、と揺れる。
「?」
釈然としない様子の小柄な少女に、ロザリンドは晴れやかに、それはそれは華やかに満面の笑みを浮かべてみせた。
「あんた自身に恨みはないけど、わたしはやっぱり、前世の知識どおりに動くわ…………ねっ!」
「!! きゃあっ!?」
驚いた。
さっきまで確かに舟の縁よりも内側にいたのに、瞬時に外側に移動させられていた。足元は宙。何もない。しかも、浮かぶというよりこれは。
ザブンッッ
「きゃーーーーっ!! ヨルナ様!!!」
「で、殿下! なんてことを!」
結果、ヨルナは舟と城側の岸のちょうど中間に放り出され、重力に従ってすみやかに池に落ちた。
「っ……。ごほっ、ごほっ!」
幸いそんなに深くはない。砂っぽい、頼りない底を爪先でトン、と蹴ると、何とか水面に顔を出せた。
チャプン、チャプンと水音に混じって遠く、「――だって邪魔なんだもの。あんな子、義理の姉にも妹にもいらないわ」などと嘯く声が聞こえて脱力しそうになる。
(どうしよう。確かに会話にならないかも……)
手強い。
ヨルナは息をするためだけではなく、文字通り助けを求めて、天を仰いだ。