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13 神さまの神頼み

 ほわほわの夢のぬくもり。

 気持ちのいい眠りのなかで、やたらと神々しい声を聞いた気がする。


 ――……、望みを……


「?」


 夢、だからだろうか。視覚が雲の真っ只中にいるようで足元が覚束(おぼつか)ない。

 イメージとしては、白い髭のお爺さんが似合いそうな声だった。ずっと、それこそ爪先まで長い髭が届きそうな、いかにも仙人じみた……。



 ――……そなたの望みを、叶えんがために何度も何度も労苦を重ねておるのに。この()()()が。


「えっ……? あ、神様?! うそ、お久しぶりです」


「うむ。左様(さよう)じゃな、娘」


 ヨルナが白髭の老爺(ろうや)を想像したとたん、それはそのまま映像を結んだ。つまり、お爺さんが。


「誰が爺さんじゃ」


「! すみません。いえ、あくまでも私のイメージでは『お爺さん』というか……。“神様”って、そういうものじゃありません?」


 ふぅぅ、と大儀そうにため息をついた白髭の老爺が、仕方なさそうに目を瞑る。

 柔和ながら渋い顔だった。

 その表情のまま、左手に持った、節くれだった滑らかな木の杖を、とん、と打ち鳴らす。


「儂は、相対する者の信義やら固定概念に応じて姿が変わる。その者がもっとも信じやすい姿に。話し方もな」


「なるほど」


 そう言えば、外見を想像してからのほうが、“声”の中身を聞き取りやすかった。そういうものなのかもしれない。


「で? 私、まだ死んでないはずですけど……何か?」


「そうじゃな。そなた、放っておくとまた猫になってしまうじゃろうから。頼むから、今生こそ大人しく人としての生を(まっと)うしてくれんか、と……」


 神様は実に話しにくそうに(うつむ)き、杖を突いていないほうの手で髭をいじくっている。

 ……たいへん申し訳ないのだが、傍目には神々しい老爺が何やら、可愛らしくもじもじしているようにしか見えない。

 威厳が。

 残念なことに。


 胡散くさそうに瞳を細めたヨルナは、思いきってその点、はげしく突っ込んでみることにした。


「あのぅ、それは。『神頼み』みたいに聞こえますけど……。本来、違う意味ですよね? むしろ頼まれる側ですよね???」


「うむ」


 意外にも、茶化された当の神様(ほんにん)は怒りもせず、素直なものだった。身構えていたヨルナは拍子抜けしてしまう。

 神様は、うんうん、と感慨深そうに頷いていた。半ば、自分に言い聞かせるように。


「いっそ、儂以外に任せられる(もん)がおるなら任せてしまいたいわい。まっこと、手のかかる奴らめ」


「? 『奴ら』と仰ると……私以外にも?」


「そなたと、あの時の若者以外におらんじゃろ。あとは新顔の娘じゃ」


「まさか、ロザリンド王女!?」


「うむ。やたらと具体的な“願い”の持ち主じゃった。そうなるべくして生まれた娘じゃが、厄介で手強い。話が通じぬ」



 予感的中。


 つまり、神様にとって想定外(イレギュラー)な転生者が増えてしまったので困ってる、ということだろうか。ヨルナは自分を棚にあげて頭を抱え込んだ。


「うぅぅ……、お力になりたいんですけど。あの王女様はちょっと、私から見ても特殊です。そもそも王家の“能力(ギフト)”を抱えて魔族に嫁げるはずが」


「? 何のことじゃ」


 本気でぽかん、と尋ねる神様に、ヨルナは怪訝に思いつつも四阿(あずまや)でのことを話す。すると。

 ちかっ、と目の前の姿が明滅した。


「まずいな。そなた、目覚めそうじゃ」


「えぇっ」


 いやいや、本題はこれからなのに。

 がんばれ私、もう少し寝坊するのよ……! と、懸命に言い聞かせ(?)ても効果はない。また薄靄(うすもや)が周囲に満ちて、老爺の姿が遠のく。声も遠ざかる。


 ――あの娘が、王家の魔法を使えるのは“王家の一員”として認められる間だけじゃ。“おとめげーむ”とやらの仕組みは、よくわからんが……


What(ホワッ) !?」


(わ か ら ん の か い !!!!)

 思わず横文字が飛び出た。内心で躊躇なく突っ込むと、「すまんの」というイメージだけが明確に伝わる。


 神様……。

 それ、解決に役立つか微妙な情報ですが、お困りなのはわかりました。とりあえず。




   *   *   *




「……がんばります……」


「あら? おはようございます、姫様。さすがに王城ではきちんとお目覚めですね。良いことです」


「う」


 シャッ、とサリィが容赦なくカーテンを開ける音。

 天蓋(てんがい)のない、豪奢な客室(ゲストルーム)の天井が白々と見えた。まぶしい。

 ずいぶんと長い夢を見た気がする。

 いや、夢とは言いがたかった。


「おはよう、サリィ。サリィはよく眠れた?」


「? はい。おかげ様で」


「そう」


 なら良かった、と、もぞもぞ身を起こす。


 ――『がんばる』。

 そう、はっきり約束した。

 頼んではいないはずだが、何度も“あのかた”の側に転生させてくれた、親切な神様の()()()()願いだ。


 (当面は協力して差し上げよう)と、決意を新たにするヨルナの胸に、『……じゃから、そうではなくぅぅ!!』などとやきもきと叫ぶ老爺の声は、残念ながら届きようがなかった。




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