12 お城でおやすみ
茶会はつつがなく終了した。ヨルナたちが席に戻ってから、小一時間ほどが後半戦(?)だった。
――もう。どこに行ってらしたの、ヨルナ様?
――やぁ。君がカリストの姫君?
……などなど。
各方面から盛んに話しかけられた気がするが、ヨルナは心ここにあらずだった。
今生の“彼”であるアストラッドとは話せなかったし、四阿でのロザリンドによる第二接触が強烈すぎたので。
王子の婚約についても別段言及されず、すわ解散か、と思われたが。
去り際、優しげな美貌の王妃に捕まり、扇子の影からこっそり耳打ちされてしまった。
――……どうかしら、ヨルナ嬢。せっかくの機会だし、数日こちらに滞在されては? よろしければ、うちの子たちと友達になっていただきたいわ。
* * *
「どう思う? サリィ」
「どう、とは?」
日はとっぷりと暮れている。
今ごろは、社交界デビューを済ませた各領地きっての令嬢がたを集めた、きらびやかな夜会が催されているはず。
城の二階客室にそなえられたバルコニーの扉をひらけば、闇を照らしてこぼれるようなホールの灯りが目に映るだろう。流麗な楽の音も届くかもしれない。
けど、寒いからしない。
湯浴みを終え、寝巻き姿で鏡台に向かうヨルナは、おとなしく髪を櫛けずられている。白猪の毛を使ったという稀少なブラシが頭部から毛先までを移動するたび、かくん、かくんと髪を引っ張られた。
痛くはない。リズミカルで、むしろ眠くなってしまう。
(だめだめ、寝てる場合じゃない……!)
ヨルナは、ぎゅっと目を瞑り、ふるるっと頭を振ると、なけなしの気力を振り絞った。
鏡のなかでは、黙々と仕事に専念する侍女がうっすらと微笑んでいる。彼女も、客室の続きの間での滞在を認められた。
引き留められた令嬢は他にも数名いたが、まったくの一人は心細い。サリィの存在は本当に心強かった。
なので、正直に言葉を紡ぐ。
「……王妃様の真意よ。そんなに焦って、婚約者って、急に決めなくてはならないもの?」
「急……と、申しますか。昨今の情勢もあるのだと思いますわ。我が国の場合」
「情勢? 戦の心配?」
「逆です」
ふぅ、と吐息し、サリィは手を止めた。思案深そうに自由な方の手を頬に当てている。
「北の国境向こうを、我々は辺境と呼んでいますね。竜人、森の人、地底小人、それにさまざな亜人種を束ねる人々を総じて“魔族”と言い慣わしてはいますが」
「ふんふん」
「最近は、それら辺境の民の異種婚姻が盛んなのですわ。平和ゆえなのですが」
「そうなの?」
きょとん、と目を瞬くヨルナがじかに後ろを振り向く。サリィは困ったように瞳を細めた。
えぇ、と頷くと椅子の背にあったショールを主の背にかけ、寝台へと誘導する。そのまま、てきぱきと寝かせられてしまった。
ふっかふかのお布団はシーツもぱりっと糊が効いていて、気分は極上のお泊まり。
つい、うつらうつらしかけるが、瞼を閉じたままヨルナはサリィの袖を離さなかった。
「えーと……いしゅ、こんいん。つまり王子様がたにも、辺境からの縁談話が?」
「そういうことです。ゼローナ直系王族の魔法は特殊ですから、長らく他国には流出せぬよう、気を配られていたはずなので。我々は知る手段がありませんが、そういった干渉があったのかも」
「ふうん……」
袖越しに、苦笑の気配。そっと額に手を乗せられ、あやすように撫でられてしまった。
(まずい。寝ちゃう)
ぽとり。
ヨルナの手が布団の上に落ちてしまう。
サリィは、やさしく上掛けをかけ直して「おやすみなさいませ」と囁き、退出した。
――他国に、空間魔法の血を伝えるわけにいかないから? だから、ゼローナの王族はめったに外国から花嫁は迎えなかったし、王女が嫁すこともなかった。
(あれ。じゃあ、なんでロザリンド様は魔族の王に嫁げるとお思いなのかしら)
四阿からずっと引きずっていたらしい疑問を見つけたヨルナは、答えは宙ぶらりんのまま、ぬくぬくと寝具にくるまれて、健やかな眠りに就いた。