10 四阿の待ち人
噴水の音。茂みを渡る葉擦れの音。遠く、茶会に集う少女たちの優しいざわめきが風に乗って聞こえる。
おおむね静けさのなかにある四阿で、ヨルナは石造りの長椅子にちょこん、と腰かけた。サリィは隙なく主の側に立ち、護衛よろしく控えている。
魔力の保有量は個人差があり、鍛練で伸ばせないこともないが、大局的には生まれもった資質に左右される。
ヨルナは生まれつき、ごく少量しか魔力を持たなかった。そのため、長じても大した魔法は使えないと目されていたが――
「来る」
「え?」
ぽつり、と呟く愛らしい声にサリィが瞬き、訊き返した。
突如。
ゆら……と、目の前の風景の焦点がぶれる。
慌てふためくサリィとは対照的に、ヨルナは泰然と構えていた。
(これで三度め。何となくわかったわ。普通の魔法とは“重さ”が全然違う。――肌がビリビリするし。ちゃんと違和感がある)
じっ……、と目を凝らすと、色石の水盤に重なるように現れるべきものの影が視える。
初回同様、音は無かった。
が、明らかに自然の風とは異なる空気の流れを感じる。
なので。
ヨルナはにっこりと笑い、相手よりも先に声をかけた。
「ようこそ殿下。申し訳ありません。わたくしったら、せっかくお招きいただきましたのに、貴女様より早くに着きすぎましたわ」
「…………そうみたいね。ヨルナ嬢」
「?? えっ……、えぇぇ?! 姫様、おわかりになってたんですか? まさか、最初から」
一人、はくはくと口を開閉させ、サリィが傍らの少女を覗き込む。「……なぜです? 私、てっきりお相手はアストラッド殿下だとばかり」
「やぁねぇ。そんなわけないじゃない。サリィったら」
「バッカじゃないの!?? させるわけないわよ!」
「うわぁぁ……」
苦笑の体でやんわりと否定する少女。
思いきり顔を歪めて妨害宣言をなす件の姉王女。
軽く、ドン引きの侍女。
……なんとも、不可思議な面子が待ち合わせ場所に集った。
* * *
――まぁどうぞ。お掛けになってくださいな、と毒気のない笑顔に当てられ、「なんであんたに言われなきゃいけないのよ……」と、しぶしぶロザリンドも長椅子に座る。
ヨルナは、かさり、と袖口から折り畳んだ紙ナプキンを取り出した。
丁寧に広げ、青いインクでしたためられた筆跡が見えやすいよう、王女に向ける。
「こちらはロザリンド様が?」
「……そうよ。腹心のメイドに持たせたわ。『公爵家のテーブルに』って」
言うや否や、はぁぁぁ……と、朱唇から長大なため息がもれる。
ロザリンドは長椅子の背に肘をかけ、斜めに寄りかかると気だるげに頬杖をついた。ドレスの下で堂々と足を組み、拗ねたように流し目をくれる。
あげく、肩にかかる緋色の髪を億劫そうに指に巻きつけ始めた。
「参ったわ。“候補”には、全員もれなく嫌がらせしなきゃいけなかったのに。なんであんたばっかり被るのよ……効率悪いったら」
「?」
きょとん、とヨルナは目をしばたいた。彼女の言うことは、今いちわかりづらい。
同じように感じたらしいサリィも不可解そうに眉をひそめている。
「失礼、あの…………。殿下は、ヨルナ様だけを目の敵にされていたわけではないのですね?」
「ぶっちゃけ、そうね」
「では」
再度言い募ろうとするサリィを、ヨルナはスッと手を出すことで制した。視線は行儀の悪い王女殿下に固定してある。
「……では『効率』とは? 『候補』とも仰いましたね。ひょっとして殿下は、どの令嬢がご兄弟のお妃候補なのか、ご存知なのですか?」
はっ、とサリィが息を飲み、口をつぐむ。彼女も同様の問いを抱いていたのかもしれない。
責めるような視線に晒されたロザリンドは、つまらなさそうに口をひらいた。
「えぇ、そうよ。候補も。そのあとのことも、大体ね」