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1.レオ、打ち明ける(前)

 カイが難しい顔でペンを握りだしてから、どれくらいの時間が経ったであろうか。


「……『矮小なる従者がそう問うた時、かくも麗しく聡明な主人はこのようにお答えになりました。“はい”と』」


 まるで聖書のような言い回しを書き連ね、「うーん」と唸ってからまた続きを書く。


「『はい。諾。全てを肯定し受け入れるその御言葉は、この日もまた世界を照らしたもう精霊の慈愛を感じさせるような響きを帯び、雪割月のぴんと張るような冷たい空気に溶けたのでございます。』……レオノーラ様のご様子も書いた方がいいよな。ええと……『(いら)えを紡ぐ唇はどこまでも可憐の一言、頷きと共にこぼれた黒髪は、黒檀(こくたん)の……』」


 そこでカイは「ああ!」とペンを投げ捨てた。


「『黒檀』って、もう十回くらい使ったし……!」


 両手を額に差し込み、ぐぬぬと唸る。

 彼は、侯爵夫妻に宛てた、報告を兼ねた手紙を書いているところであった。


 孫の様子をそれとなく聞き出してほしいという指令を守るには、週に一度くらいで手紙を送ればいいかな、などと考えていたのは遥か昔。

 入学して三日もしない内に、「手紙はよ」「詳しく」「もっともっと詳しく」と矢の催促を受けまくったカイは、いつしか一日の大半を割いて、毎日この手紙執筆にあたることになってしまっていた。


(でも、レオノーラ様の素晴らしいご様子をきちんとお伝えしないと……!)


 なんでも自分の書いた手紙・「本日のレオノーラ様」は、父である執事長すら通さず侯爵自らが封を開け、夫妻によって舐めるように見回された後、屋敷中で回し読みされているのだという。

 そのプレッシャーたるや、大量の観客を抱え、厳しい締め切りに追われた人気劇作家レベルだ。


「うーん……この頷く仕草に、レオノーラ様の全てを受け入れる寛容な精神性を重ねて……」


 主人が大好き過ぎるこの従者は、これを責任の大きな仕事だとは思っているが、けして苦には思っていない。むしろ自ら積極的に、手紙の文学性を高めたり、少々の脚色を加えたりしつつ、大層ストイックに業務にあたっていた。


 そうして、たかだか「今日のお召し物もサバランにしますか?」「はい」といった会話を再現するのに羊皮紙三枚を使い切った辺りで、


「ただいま」


 鈴が鳴るような声と共に、扉が開いた。

 この部屋の主人、レオノーラ・フォン・ハーケンベルグの帰還である。

 少女は珍しく部屋の奥に座しているカイを見て、その大きな紫水晶の瞳を見開き、ことんと首を傾げた。


「カイ、何しています?」

「レ、レオノーラ様! 申し訳ございません!」


 主人の帰りにも気付かず机に向かっているなど、従者失格だ。

 カイは慌ててペンを投げ捨て、少女の下に駆け寄った。


「大変失礼いたしました。侯爵閣下への手紙を書いておりました……!」


 素早く荷物を受取り、茶の準備を進めながら、ばつの悪い思いを押し殺して答える。

 寛容な主人は全く怒る素振りを見せず、「そう」と目を瞬かせた。


「手紙、書く、私、得意です。よければ、手伝いましょうか?」

「とんでもないことでございます!」


 予想外の申し出に、カイは思わず大声を上げる。従者の仕事を主人が手伝うなど、聞いたことがない。

 平身低頭して断りを入れると、少女はちょっとだけ残念そうに唇を尖らせた。


「そうですか。でも、もし、手伝い欲しくなります、言ってください。ね」


 どうやら、いつでも手伝いをする心づもりであるらしい。

 その尊い優しさに、カイは改めて感じ入った。


 一方、少女――の体の中に意識を収めたレオは、


(ちぇっ、代筆業で儲けられると思ったのに)


 一瞬垣間見えたかに思った儲け口がさっさと消えてしまったことに、小さく溜息を落とした。


 基本的に、意識のある間は全て金儲けのことしか考えていないレオは、もちろん従者への無償の申し出などといったことはしない。

 まあ、弟分だと見定めているカイ相手にさすがに金をたかったりはしないが、労働の適正な対価としては報酬を頂く気満々である。


(気が付けば、学院に来て――つまり、入れ替わってから、もう三カ月。なんやかんやですっかりこの境遇に甘んじちまったけど、いい加減脱出しねえと。そのためには、逃亡資金を確保しねえとな)


 レオはレオで、少々焦ってもいた。


 というのは、カレンダーを見てみれば、本日は雪割月 十日。

 つまり、入学の日よりまるまる三カ月が経過してしまっていたことに、今更ながら気付かされたからである。


 もとよりレオには、こんなにも長く学院に留まるつもりはなかった。

 それが、うっかり実入りの良い内職を見つけてはしゃぎ、うっかりハーラルトの禍に巻き込まれて身辺を慌ただしくさせ、そしてまたうっかり皇子から金貨をもらってはしゃいでいる内に、こんなにも月日が経過していたと、そういうわけである。


(くっそー、俺の馬鹿野郎! いつもいつも、目先の金の匂いにほいほい釣られやがって!)


 これではまるで、お菓子に釣られて拐かされる幼児と一緒だ。

 ブルーノ辺りがずっと以前から指摘してきたことを、今更ながらに痛感し、反省しているレオであった。


「それにしても、最近はずっと雪続きでしたが、今月に入って急に陽気が強まってまいりましたね。精霊祭に向けて、光の精霊が勢いを増しているのでしょうか」


 と、荒れている主人の心境など知らぬげに、従者がにこやかに話しかけてくる。その内容に、レオはぱっと顔を上げた。


「そうですね。精霊祭、近いですね」

「レオノーラ様も精霊祭を楽しみにしていらっしゃるのですね」


 カイは、この精霊のような美貌を持った主人が、春を告げる精霊祭を心待ちにしているのだと知って、ふと笑みをこぼした。


 幼くとも完成された美貌に、艶やかな黒髪、紫色に潤む瞳。

 きっと少女がこの黒髪をなびかせて町を歩いたら、それだけで光の精霊が降臨されたと大騒ぎになるに違いない。

 ハーラルトの禍があってから一層、町から距離を置かされている主人ではあったが、たまにはこの素晴らしい美貌と人となりを、世の人々にも見せつけることができたら、どんなに素晴らしいことだろうとカイは考えたのだ。


「はい、とても、楽しみです」


 一方レオはと言えば、カイとは全く異なる観点から、この精霊祭を楽しみにしていた。


(精霊祭の日の朝は、年に一度の大朝市だ。その二週間前にある雪花祭は難しくても、なんとか精霊祭(ほんばん)までに体を戻して、俺も大朝市(まつり)に参加してえ……!)


 そう。

 長い冬に別れを告げ、春の始まりを祝う精霊祭の日の朝には、どの市場でも大盤振る舞いの売りを仕掛けるのである。

 赤字どころか出血覚悟の大サービスに、福袋、詰め放題。店主たちの熱い漢気(おとこぎ)に、応えないレオではない。例年であればまるまるひと月を掛けて作戦を立て、孤児院総出で訓練を行い、当日に臨む――それほどの一大イベントだ。


 つまり、――なんということはない、この精霊祭の大朝市の存在を思い出したがために、快適な現状を捨て去ることを思い立ったレオなのであった。


「あの、カイ」


 そんなわけで、可憐な少女のなりをした守銭奴は、おずおずと切り出してみる。


「私、下町、行きたいのです」


 精霊祭当日に戻ったのでは間に合わない。できれば今の内から孤児院にいるレーナにコンタクトを取っておき、体を元に戻す準備を万端整えておきたいと考えたレオだった。


(前回は、一回こっきりに逃亡計画を懸けて失敗したかんな。急がば回れ。事前に、下町に行く状況を当たり前にしておいた方が、ばっくれるのもスムーズにいくだろ)


 それなりに考えを巡らせ、とにかく下町に身を潜めるにしても、脱出経路や潜入場所に当たりを付けておいた方がいいと結論したのだ。

 いきなり主人が失踪したのでは従者のカイも罰を免れないだろうが、すっかり下町にハマってしまった少女が、つい羽目を外して出奔してしまった、ということであれば、周囲もカイに同情してくれるのではないかと踏んだ、とそういう事情もある。


(俺の都合で、こいつが減給とかにされちゃ可哀想だしな)


 そう思うくらいには、レオはこの健気な弟分に目を掛けていた――今のレオがばっくれたら、カイは減給どころではないという認識は、残念ながら無かったのであるが。


「下町に……ですか」


 しかし素直な従者は、珍しく返答を渋る。アーモンドアイの目立つ愛らしい容貌には、難色がありありと浮かんでいた。


「それは……侯爵閣下のお許しを頂かないと、なんとも……」


 少女が下町で虐待を受けながら育ったのを辛くも庇護され、しかしまたハーラルトの禍で卑劣な輩に捕まってしまってから、まだ日も浅い。

 ハーケンベルグ侯が下町行きを許さないだろうという事情もさることながら、大切な主人を失いかけた心の傷が、カイに即答を躊躇わせたのである。


「そんな。なぜですか」


 いつも基本的に言われるがままのカイのそのような態度に、レオは眉を下げた。


 カイおよび侯爵家は過剰なほどに気遣ってくれるのに、レオが外出したがると、なぜかこぞって反対しようとする。

 学院に籠って内職に精を出している方が生産的であるから、普段はあまり気に留めないものの、いよいよ脱出という局面になると、彼らのこのような態度は少々厄介であった。


「ですが、レオノーラ様。なぜ突然下町に行きたいなどと仰るのですか?」

「う?」


 問い返され、答えに詰まる。

 論理的な理由を用意していなかったレオは、咄嗟に視線を泳がせ、視界の端に捉えた便箋をヒントに答えをでっち上げた。


「え……ええと、その、そう、孤児院から、手紙もらいました」

「ハンナ孤児院からですか?」

「そうです、そうです!」


 ハンナ孤児院とは、少女が頻繁に寄付の品を送っている、リヒエルトでもひときわ規律正しいと評判の施設だ。

 礼状が届いたのをきっかけに少女も積極的に筆を取るようになり、よく院長と手紙を交わしているようだったが、


(僕が検めた限りでは、そのような内容は書かれていなかったような)


 カイは首を傾げた。


「恐れながら、孤児院にレオノーラ様自らが足を運ぶように、との内容が書かれていましたでしょうか?」

「え? いえ、あの、書かれていた、と言いますか、ええと、感じ取りました」


 丁寧ながら鋭い従者のツッコミに、脇の甘いレオはたじたじだ。

 もはやエスパーのような返答を寄越しつつ、なんとか後から言葉を補足して、説得にこれ努める。


「ええと、精霊祭、近付いているですが、町、活気が無いそうです。子どもたち、それを感じ取って、どことなく、元気が無いとありました。心配です」


 一応、町の活気云々や子どもたちの元気云々というのは事実だ。

 しかし、精霊祭を前に、自分という参謀役がいないために戸惑っているのだろうと当たりを付けていたレオは、さして深刻に心配などはしていなかった。


「そうですか……」


 一方で、カイは難しい顔をして考え込む。


 自分はハンナからの手紙を「そうか」と受け流していたが、僅かな手がかりから陰謀をも明らかにする主人には、何か感じ取るものがあったのだろう。

 下層市民として括られる最も力無き人々にこそ心を砕く、主人のそのあり方は尊いと思うし、できるなら力になりたい。

 しかし、向こう見ずなところのある少女を、おめおめと危険に晒すわけにはいかなかった。


(ひとまず、侯爵閣下にお許しを頂かなければ……)


 難しい交渉になるだろうと思ったカイは、そこでふと取引材料となりうる事項を思い出した。


「そういえば、レオノーラ様。舞踏会やお茶会の件はいかがなさいますか」

「え?」


 思いも掛けないことを問われ、レオはぱちぱちと目を瞬かせる。

 なんだっけと返しそうになり、すんでのところで思い出した。

 そういえば、エミーリア夫人から、デビュタントが何ちゃらかんちゃらで、舞踏会や茶会にナントカカントカだとか言われていたのだった。

 ――こと金儲けに関わらない話題へのレオの記憶力は、この程度である。


「いよいよ雪割月に入り、春の社交シーズンが始まります。レオノーラ様はまだ幼くていらっしゃいますが、いえ、だからこそ、その社交デビューをぜひ我が家で、との招待状が続々と届き、さすがの大奥様も対応に追われているようで……」


 類稀なる美貌と膨大な魔力、一枚の絵画から教会の陰謀を見抜く紫の瞳と、庶民にまで心を砕く慈愛の精神を持つ少女のことを、学院で噂せぬ者はいない。

 学生たちは憧憬にまみれたその噂を各家庭に持ち帰り、帝国中の貴族、いや、隣国の大使までもが、ぜひ会に臨席をと侯爵家にアプローチしているのだった。

 中には手紙での催促では飽き足らず、「色良い返事をもらえるまでは」と屋敷に居座る輩もいるのだという。


 さすがにそこまで伝えては優しい主人が気に病むからと、詳細の説明を控えたカイだったが、聡明な少女は、先程の簡単な説明だけで、事態がいかに深刻かを読み取ったようだった。

 美しい顔を曇らせて、何事か考えるような表情を見せる。


(うえ……舞踏会とか、マジ勘弁だよな……。パヤパヤしたドレス着て化粧して、なんて、考えるだけで背筋凍るぜ)


 実際には、沈痛な面持ちの下で、そんなことを考えていた。


 ビアンカがしょっちゅう開く「お茶会」には、金香る高級菓子につられてほいほい顔を出すレオであるが、さすがに貴族が公式に開く舞踏会では勝手が違う、というのはなんとなくわかる。

 聞いた話では、お見合いめいた意味を持つ場でもあるらしい。恐怖でしかなかった。


(それに、堅苦しいマナーとよくわかんねえ社交辞令にまみれて、ご馳走もろくろく食えねえんだろ? パス、パス)


 目の前に高級タダ飯があるのに、食べられないだなんて単なる拷問だ。

 そりゃ、出席すれば、セミナー講師としても通用しそうな実践的なマナーがタダで身に付くのかもしれないが、そのために「うふふ、あはは」と貴族めいた振舞いを強要されるのでは、まったく割に合わなかった――レオにとって貴族なんていうのは、歌って踊って泣きむせび、時折うふふあははと笑う奇妙な人々、くらいの認識でしかない。


(だいたい、下手に公式な場所に出て、貴族連中に顔を覚えられちゃ、いろいろ厄介だかんな。あくまでも、金銀財宝に紛れこんだ小銅貨、くらいの地味な存在感をこのままキープしねえと)


 なんといってもこちらは、脱走を企む身の上。

 レーナも恐らく、元の体に戻ったところで貴族社会に復帰などしないのだろうし、少しでも印象は薄めておくのが吉だ。


 ――帝国第一皇子アルベルトに、第一皇女ビアンカ。その従姉ナターリアに、帝国の盾・ハーケンベルグ侯爵夫妻、そして既に商才の片鱗を見せつつあるオスカー。

 これら綺羅星のような面々に見初められている時点で、宝の山でもひときわ光り輝く紫水晶(アメジスト)くらいには鮮烈に目立っており、地味計画は既に完璧に破綻しているのだが、レオは自身が学院に紛れこんだ一生徒でしかないと、固く信じて疑わなかった。


「あの、カイ。とても、かたじけない、ですが、私、やっぱり出たくありません」


 ややあって、言いにくそうに口を開いた主人に、カイは小さく嘆息した。


「さようでございますか……」

「はい。私の姿、見られたく、ない、のです」


 レオとしては掛け値なしの本音を述べただけであったが、カイはそれにさっと顔を強張らせた。

「なぜいつもそのようなことを仰るのですか……!」


 カイとしては、こんなにも素晴らしい主人が、きまって日陰の身に徹しようとするのが腑に落ちなかった。謙虚は淑女の美徳だが、それにしても行きすぎている。

 いったいなぜ、と唇を噛み締めるが、本当はその理由を、彼も頭では理解していた。


(クラウディア様の二の舞を恐れていらっしゃるんだ……。あるいは、禍の堕とし子という身の上を考え、いつも出過ぎた真似はしてはならぬと自制していらっしゃる……)


 その証拠に、主人は今日も薄墨のサバランを身にまとい、母の魂が宿っていると見定めた金貨を無意識に撫でさすっている。


 どれだけの愛情、どれだけの賛辞をその身に注がれてもなお、彼女の怯えたように肩を揺らす癖が消えないのは、心の奥深くにまで自己否定と恐怖とが刻みつけられているためだろう。

 そう思うとカイは、幼い少女を鎖につないで虐待したという悪虐の輩を、この手で引き裂いてやりたい衝動に駆られるのであった。


「カイ、怒っています?」


 と、従者の険しい表情が気に掛かったらしい少女が、心細そうに尋ねてくる。


「侯爵様たち、怒ります?」


 美しい眉をしょんぼりと下げて問うその様に、カイははっと我に返り、慌てて首を振った。


「とんでもないことでございます!」


 最大の庇護者たる侯爵夫妻の怒りを買うことは、きっと主人にとっては耐えがたい恐怖であろう。

 たかだか茶会を断ったくらいで、少女を不安にさせるわけにはいかない。


(下町行きの交渉は、他の方法を考えよう)


 レオノーラ・フォン・ハーケンベルグの従者たるもの、それくらいできなくてどうするのだ。

 カイは自らにそう言い聞かせ、笑顔で少女を宥めた。


 一方、茶会を欠席することで「じゃあ、小遣い無し!」だとかにならないかと思い至り、ひやっとしていたレオは、そういうわけでもなさそうなことに、ほっと胸を撫で下ろす。

 侯爵夫妻が寛容な人物でよかった。


(でも、なんかそれっぽく言い訳というか、フォローしといた方がいいよな?)


 彼らは孫娘を溺愛しているようなので、「いずれトンズラこくから、顔を覚えられたくないんです」といった説明はさすがにできない。


(なんかこう……かわいい孫娘っぽく……おお、そうだ!)


 レオはぱっと顔を上げた。


「カイ! 侯爵様たち、こう、伝えてください」

「はい?」

「『私は、侯爵様と結婚するのです。だから、見合い、舞踏会、必要ありません。マナーは、エミーリア様に教わるのです。だから、お茶会、必要ありません』と」


 その瞬間、カイがばっと胸を押さえて(うずくま)るような素振りを見せたので、レオはぎょっとした。


「どうしました!?」

「い……いえ、申し訳ございません、取り乱しました」


 ドン引きしたということだろうか。


(はは……やっぱ、さすがに今のはなかったか)


 レオは冷や汗を掻いた。短期奉公(バイト)先でわがままな末っ子が、よくその台詞で父親を操縦している光景を見かけたのだが、さすがにそれを応用するのは無理があったらしい。

 なにせ中身が自分だ。冷静になるとかなり恥ずかしかった。


(うおおおお、親とかいねえから加減がわかんねえんだよ、情状酌量してくれよ頼むから!)


 カイなど、よほどレオのぶりっ子攻撃に心胆寒からしめたのか、小刻みに震えてすらいる。


「す、すみません、調子、乗りました。本当、すみません」

「いえ……」


 平謝りすると、カイは胸を押さえたまま「テキスト化した時の攻撃力の凄まじさに、一瞬持って行かれかけました……」と呟いた。

 そんなにも寒い発言だったのかと猛省したレオは、即座に脳内辞書からその台詞を削除し、先程の記憶を腐海に沈めることを決意した。


 と、ようやく態勢を立てなおしたらしいカイが、茶を淹れ、きれいに一礼を寄越す。


「あの、大変申し訳ございませんが、お茶はこの通りご用意いたしましたので、しばしこの場を離れてもよろしいでしょうか」

「え?」


 カイの方から離れたがるのは珍しかったので、レオはことんと首を傾げた。


「もちろんです。どうしました?」

「いえ、早々に、侯爵閣下にお便りをと思いまして。なにぶん文面に工夫を凝らさねばならないため……時間が掛かってしまって申し訳ございません」


 どうやらカイは、先程の適当な返答をごまかして、レオの良いように事を運ぼうとしてくれるようである。


(ほんと、いい奴だよな)


 しみじみと思ったレオは、ふと、カイになら正体をばらしてもよいのではないかと考えた。

 この弟分には、ずっと以前にも身の上を打ち明けようとしたものの、会話が噛み合ずなあなあにしてしまったままである。


「あの、カイ……」

「なんでしょうか」


 真摯な視線を向けられて、レオはちょっと唇を噛んでから、おもむろに口を開いた。


「あの、お話したいこと、あるます」

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