《閑話》 レオ、歌う(2)
久々に訪れた屋敷には、相変わらず、そこかしこに芳しい金の香りが漂っていた。
オスカーの邸宅を豪華絢爛と称すなら、こちらは繊細優美とでも言おうか。
さりげなく置かれた調度品であるとか、飾られた花であるとか、高級な感じを強く押し出してくるわけではないが、じっくりと視線を配ると、その価値がじわりと伝わってくる。噛めば噛むほど味が出る、するめのような高級感であった。これはこれでよい。
カイに先導されて通された食堂には、既にエミーリアたちが着席していた。
繊細な意匠のクロスを張られ、所どころに生花があしらわれた巨大な食卓に、昼なお光輝く優美なシャンデリア。
どうやら屋敷中の使用人たちが一堂に会しているらしく、広い壁に沿ってずらりとメイド服姿や燕尾服姿の人々が並んでいたが――
(おお、なんて
それより何よりレオの目を引いたのは、豚めいた人体に張り付いた金の布――もとい、金色のドレスをまとった、豊満な女性の姿であった。その横に男性もいるようだが、とにかく金の布、ではなく女性が眩しすぎて、なんだかもうよく見えない。
「ああ、レオノーラ! よく来てくれたわね」
満面の笑みを浮かべたエミーリアがそう言って立ち上がると、金の豚めいた女性はぎらりとこちらを睨みつけてくる。
が、次の瞬間彼女も立ち上がり、にっこりと笑顔になったので、先程のガン飛ばしは錯覚だろうかと、レオは内心で首を傾げた。
「お義母様。あたくしたちにも、彼女を紹介してくださいませ」
「ああ、そうね、アデイラ。この子がレオノーラ。わたくしたちの大切な孫娘よ。レオノーラ、こちらはアデイラ。隣がディートリヒ。アデイラは、伯爵家から三年前嫁いできたのよ」
エミーリアの説明を聞きながら、レオはじっくりと目の前の二人、アデイラとディートリヒを見つめる。
彼らはしょっちゅう屋敷を空けているようなので、会うのはこれが初めてだった。
(なんつーの? 「美女と野獣」ならぬ、「豚と羊飼い」、みたいな)
いやいや、女性相手に豚など失礼である。
ただ、白い肌やつぶらな小さな瞳、指先でつんと潰されたような鼻のフォルムや、重力に従順な頬のラインなどが――どう言い繕っても豚であった。
どうやら太っ腹なのは金銭面だけではなく、物理的にもそうであるらしい。
一方、アデイラの巨体に隠れるようにして座っていたディートリヒは、背だけは高いがひょろりとしている。その細長い体格や、丸まった肩から、なんとも頼りなげな印象を抱かせる人物であった。
顔つきも、優しげといえば聞こえはよいが、若草色の目は
しかし、外見よりも内面――というか金払いの良さで人間の価値は決まると信じているレオは、特にそれに対して感想を抱くでもなく、無難に「はじめまして」と挨拶をした。
ディートリヒはのんびりと、アデイラは甲高い声でそれに答え、再び着席する。
頃合いを見計らった侯爵が「では」と仕切りを入れ、使用人に視線を送ると、彼らは一斉に動きだし――レオはやっぱりびびった――乾杯用のシャンパンを用意しはじめた。
エミーリアの誕生会、開始である。
レオはエミーリア夫人のすぐ隣の席に案内され、彼女ににこやかに話しかけられながら食事を進めた。
「今日は来てくれてありがとうね。アデイラが、安息日だし、あなたは寝坊してくるんじゃないかなんて言っていたから気を揉んだけれど、時間どおりに来てくれて嬉しいわ」
「そんな。当然の、ことです」
残業は絶対にしないが、始業時間よりも早く来て、一歩リードして仕事に取りかかるというのがレオルールである。
そういえばアデイラは、レオのビジネスマナーを試すようなことをしつつも、ちゃんとエミーリアに遅刻の可能性を説明しておいてくれたのか、と思い至ったレオは、ちらりとアデイラの方を見やり、微笑みかけた。
「――ふんっ」
が、アデイラは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
(あれ? 照れ屋さん?)
タダ衣服(快適)とタダ馬車を手配してもらって、すっかり「アデイラ=いい人」の図式を信じ込んでいるレオは、呑気にそんなことを思った。
会はほとんどエミーリアが上機嫌に話し倒す形で、大層和やかに進んでいく。
レオは美味しい高級飯にせっせと舌鼓を打ちながら、彼女の話に耳を傾けた。世間話は、儲け話ほど楽しくはないが、それでも、内心で実の祖母のように思いはじめているエミーリアが、嬉しそうに話すのを見るのはよいものである。
その中で最もレオの興味を引いたのは、ディートリヒの仕事内容についての話であった。
なんでもディートリヒは、その泰然とした構えを見込まれて、辺境の危険地帯にしょっちゅう派遣されては、日夜音楽や美術鑑賞に勤しむ、という職務を与えられているらしい。
それって単に左遷されて、ろくろく仕事もせず、
キレキレのお貴族様と、のんびり者の庶民派青年のどちらが好きかと言われれば、やはりそこは後者であったので、レオはディートリヒに好感を抱いた。
それに、音楽が好きなら、レオの歌劇団構想にもなにかヒントを――いや、もしかしたら援助だってもらえるかもしれない。
レオは脳内でゲスな算盤を弾き、なんとしてもディートリヒとお近づきになるぞと誓った。
ちなみに、ディートリヒがその間延びした口調で説明してくれたところによれば、アデイラの兄であるテニッセン伯爵令息は彼の親友であるらしく、その誕生会で妹姫――つまりアデイラが余興を披露しているのを目にし、それに惚れ込んで婚約を申し出たのが馴れ初めなのだという。
つまりディートリヒは、こんなぽやんとしていながら、しっかり女性を口説いていたのだ。
レオには彼のその甲斐性は意外であったが、同時にアデイラが芸達者であるという情報には納得した。
なにせ、エミーリアがずっと遠慮していた誕生会を企画したり、レオの好みの服を贈ってくれたりする人物だ。きっとその、人のニーズを違わず見抜く能力が、芸のクオリティを引き上げるのだろう。
パトロンになってくれるかもしれない庶民派の亭主に、同じく庶民の心をも見通す妻。レオ的には大変好ましい二人である。
そんなわけで、レオはへらへらしながら、ディートリヒやアデイラに、なんとかお近づきになろうと密かにトライを重ねていたのだが――
(いったいなんなのよ、この子……!)
アデイラはといえば、一向に思い通りに進まぬ展開に、苛立ちを募らせていた。
いや、困惑と言う方が正しいのかもしれない。
それほどに、この少女の言動は、アデイラの予想の斜め上を行っていた。
(恥を掻かせてやろうと思ったのに……全部回避してくるばかりか、余裕の笑みって、どういうことなのよ!)
遅刻のトラップをくぐり抜けてきたのはアデイラも意外だったが、それ以上に、みすぼらしい古着や馬車を送り付けても、少女がにこにこ笑って挨拶を寄越してきたことに彼女は驚いた。
悪意を向けられて泣きっ面を浮かべるか、さもなくば憎々しげにこちらを見てくるようなら、まだ攻撃のしようもあるのに。
現状、憎々しげに睨みつけてくるのはカイだけで、少女はむしろ、こちらと仲良くしたいとでもいうように、目をきらきら輝かせて、やたらと話しかけてくる。誤算もいいところだった。
「なんだか……すごくいい子だねぇ。僕、こんな混じり気のない好意を浮かべて見上げられたのは、初めてだよ」
隣からは、久々に会った夫がこっそりと話しかけてくる。
彼は、その人となりや仕事内容から「残りかす」やら「穀潰し」やらと蔑みの目で見られることがしょっちゅうだったが、その分少女が、まるで大切な取引相手でもあるかのように接してくることに驚いたようだ。なにやら感心したように首を振っている。
アデイラは苛立ちを強めた。
いくら顔を合わせることすら少ない夫婦とはいえ、夫が他の女を褒めるというのは面白くない。
「まあ、旦那様。騙されてはいけませんわ。所詮は下町育ちの卑しい少女。表面ではにこにこしていても、内心ではどんな下世話な計算を働かせているかわかったものではなくってよ!」
小声のつもりだったが、思いの外響いてしまったらしい。言い放った途端、エミーリアや少女、そしてクラウスまでもがぱっと顔を上げた。
「アデイラ! なんということを言うの!」
「アデイラ、レオノーラに謝りなさい」
侯爵夫妻が顔を険しくして、口々に言う。
少女もさすがにショックを受けたような表情でこちらを見ていた。
(えっ……!? まさか、心を読まれた!?)
いや違う、レオは単に、下心を見抜かれたのではないかとドギマギしていただけだった。
まったく、贈ってくる服の趣味といい、先程の発言といい、どうもこのアデイラという女性は、レオの本質をよくよく見抜いているように思われる。
もしやこの人、読心系の魔力でも使えるのか、と慌てて表情を引き締めると、なにを思ったかアデイラはふんと、その細く整えた眉を引き上げた。
「あらあら、怖い顔しちゃって。図星だったかしら。皆さんも、嫌ですわ。あたくしは、真実を言っただけですのに」
「アデイラ――」
「だってそうでなくて? どれだけきれいに装っても、染みついた下町根性がそう簡単に拭えるわけもありませんわ。ドレスだって、この子にそんな高価な物を着せるなんてもったいない。きっと、繕いのされたシャツやズボンでも与えた方が、よほど喜ぶに違いないわ。そうだ、試しに銀貨でも投げてみてはどうかしら。きっと犬みたいに、よだれを垂らして飛びつくことでしょう! ほほほ――」
恐らくそれは、今までレオノーラ・フォン・ハーケンベルグに向けられたどのような描写よりも的確に、その本質を表した言葉であった。
が、アデイラが高笑いを上げた瞬間、
「よさんか、アデイラ!」
鋭い声が食堂に響いた。
クラウスである。
彼がそのしわがれた声に怒気を滲ませると、そこらの人間なら即座にひれ伏しそうな迫力を帯びる。
さすがのアデイラもその気迫に呑まれ、嘲笑を引っ込めた。
「レオノーラへの侮辱はわしが許さん。それ以上言うようなら、席を立ってもらおう」
「わたくしからも同じ言葉を」
クラウスが低く告げると、エミーリアも静かに続ける。
彼女は、隣に座す孫娘が呆然と目を見開いているのを認め、痛ましそうにそっとその手を取った。
「レオノーラ、アデイラがごめんなさいね。どうか気にしないで」
「…………」
少女はなにも言わず、ただアデイラを見つめている。
その紫の瞳が潤んでいるのに気付き、侯爵夫妻は勿論、壁に控えていたカイや、使用人一同もじわりとアデイラへの怒りを滲ませ、誕生会の空気はにわかに張り詰めだした。
が。
(す……っげええええ! この人、すんげえ俺のこと理解してくれてる!)
もちろんレオは、感動に目を潤ませていただけであった。
うっかり貴族社会に紛れこんでから、はや二カ月ほど。
よくわからない理由で涙ぐまれたり、急に感動されたりすることがなにかと多く、密かにそれをストレスに思っていたレオにとって、アデイラの歯に衣着せぬ物言いや、その鋭い指摘内容は、むしろ感動と爽快さを呼び起こした。
ドレス代がもったいないという発言については、激しく同意する勢いだし、下世話、お金が大好きというのはどれも恥じるべくもない真実だ。
もしかしたら、ナターリアや皇子がたまに言う「真実を見通すハーケンベルグの瞳」とやらを――レオはそんなもの搭載した覚えはないが――、このアデイラは持っているのかもしれない。
(真実を見通す瞳とか! なにそれすげえ! お友達になりてえ!)
もし百発百中のビジネスアドバイザーを得られたら、新規事業開拓だって怖いものなしだ。
その辺りの下心込みで、やはりぜひ、このアデイラとはお近づきになっておきたいと思った。
が、未来の敏腕アドバイザーは、急に悪くなった場の空気に圧倒されたのか、鼻を鳴らして席を立ってしまおうとする。
逃がすものかと思ったレオは、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、制止の声を上げた。
「あの、アデイラ様! 待つ、ください! 私、アデイラ様と、もっともっと、お話したい! 仲良くなりたいのです!」
「――なんですって?」
必死の叫びに、アデイラが驚いたように振り返る。
レオは胸元に下げたカー様を無意識に握りしめ、ここぞとばかりに攻勢を強めた。
「アデイラ様の、おっしゃること、全て、その通りです。私だって、そう、思います。アデイラ様、正しい。私、アデイラ様、好きです。仲良くなりたいのです!」
不当に蔑まれても、全てその通りだと受け入れ、あまつ傷付けてきた相手に縋ってみせる――その姿は、いじらしさを通り越して、まるで蹴られても殴られても、わずかな愛情を求めて人間に縋る手負いの犬のような痛ましさだ。
エミーリアを筆頭に、周囲が「レオノーラ様……!」と目を細め胸を押さえた。
が、レオはまさか自分が激しく同情されているなどとはつゆ知らず、ただただアデイラを引き止めるのに必死であった。
(アデイラ様をここで見失っちゃあならねえ。なにか……なにかこの場にアデイラ様を引き止める
すさまじい勢いでトピック一覧をさらい、なんとか彼女をこの場にとどめるコンテンツを思い付く。レオは叫んだ。
「プ、プレゼント! そろそろ、プレゼント贈呈と、まいりませんか!? エミーリア様、きっと喜びます。ね、アデイラ様、お先にどうぞ!」
それは、先程からアデイラが、やたらとテーブルの下に隠し持った小箱を撫でているのを見越しての発言だった。
きれいに包装された小さな箱は、エミーリアへのプレゼントに違いない。それを渡させてしまえば、少なくともそれを開封したり感想を述べたりするくらいの時間は稼げるし、なによりエミーリアの機嫌もよくなって、場の空気も和らぐはずだ。
ね、と必死に言い募る少女を見て、アデイラはぐっと眉を寄せた。
(なにを考えているというの、この子……?)
正直、少女の考えが読めない。
自分で言うのもなんだが、あれだけの暴言を浴びせられれば、これくらいの子どもなら怯えるか、怒りだすかのどちらかのはずだ。
にもかかわらず、少女はそれを当然であると受け止め、そのうえ、仲良くなりたいなどと言う。その姿は、さしものアデイラでさえ一瞬痛ましさを覚えるほどであった。
しかも明らかに、中座を突きつけられているアデイラを庇うために、話題を変えてみせたりして。
(――いいえ、騙されてはだめよ。きっと、これがこの子の手口なのよ)
アデイラはわずかに緩みかけてしまった心のガードを慌てて引き上げ、ぷるぷると太い首を振った。
そうとも、きっとこれが少女のやり口なのだ。
よい子ぶって、エミーリアたちの愛情と歓心を得ようという。
自らにそう言い聞かせると、アデイラはふんと口の端を引き上げた。
(ならばその目論見、あたくしがぶった切ってあげるわ)
そもそも、この会を企画したのは、少女より自分が優れていることをエミーリアたちに見せつけるためであって、本当の見せ場はここからであった。なのにそれを果たさぬまま、すごすごと場を去るなんて、思えば愚かな選択をしかけたものだ。
そう、アデイラは、少女より圧倒的に豪華なプレゼントを義母に贈ることで、気前の良さと格の違いを見せつけてやろうと考えていたのである。
相手は慈愛深さを演出するために、こちらを引き止めたのかもしれないが、それを後悔させてやろうと、アデイラは内心でにんまりと笑みを浮かべた。
「――……そうね。いい考えだわ。あたくしも、謝りもしないままにこの場を去るのはいやだし、お義母様の喜ぶ顔も見たいしね」
ひとまずはしおらしい態度に出る。
アデイラは「ごめんなさいね」と心にもない謝罪を寄越し、一度場の空気を穏やかなものに戻した。この後少女を圧倒してみせるためには、あくまで自分に悪意がないことを演出しておいた方がよいからである。
「あたくし、ちょっと口が悪くって。でも本当は、みんなと仲良くしたいし、常に感謝の気持ちでいっぱいなのよ。だから今回、お義母様にも感謝の気持ちを伝えようと、実は張り切ってプレゼントを用意していたの。あたくしにもそれを渡させてくれるなら、嬉しいわ」
「そんな、もちろんです! ね、エミーリア様!」
ほっとした表情で少女が夫人を窺う。エミーリアは、急激に態度を変えたアデイラを訝しむような顔で見ていたが、孫娘がにこにこと「ね?」と促してくるのに苦笑を浮かべ、「そうね」と答えた。
「アデイラも反省しているようだし。わたくしとしても、家族みんなでこの日を祝ってもらえるならば、それに勝る喜びはないわ」
「よかった!」
少女が嬉しそうに手を合わせる。
同時に一同が愛おしげに少女を見つめ、彼女を中心としてこの家が回りつつあることを悟ったアデイラは、一瞬胸に鈍い痛みを覚えたが、すぐにそれを苛立ちに代えることでやり過ごした。
(ふん、余裕ぶっていられるのも今のうちよ)
この家の中心、エミーリアの次に女主人として君臨すべきは、自分なのだから。
アデイラはおもむろに箱を取り出すと、それを恭しくエミーリアに捧げてみせた。
「お義母様、お誕生日おめでとうございます」
「まあ、ありがとう、アデイラ」
エミーリアが、いつになく表情を和らげ、箱を受け取る。
リボンを解き、包装紙を丁寧に取って箱を開くと、彼女は「まあ」と大きく目を見開いた。
「なんて立派な、ブローチでしょう……!」
現れたのは、エミーリアの瞳と同じ翠色の宝石を中心に、繊細な金細工がぐるりとそれを取り囲む、華やかにして豪奢なブローチであった。馴染みの商人に用意させた至高の一品だ。
(どうよ、銀貨五枚は下らなくてよ!)
とにかく存在感があり、たとえ皇族主催の夜会に招かれてもつけていけるような代物だ。
少女には逆立ちしたって用意できまい、と思い、ちらりと視線を向けてみると、さすがに相手も滅多に見られない豪華な品に釘づけになっている。
同じく目を輝かせた夫人から礼を言われ、アデイラは気を良くしてふふんと鼻を鳴らした。
「それにしてもアデイラ、あなたったら、こんな大層なものを……」
「いいえ、お義母様。当然のことですわ。別に、値段で感謝の念が表現できるとは思いませんけれど、やはりハーケンベルグ侯爵夫人の誕生日を祝うのですから、
謙遜する素振りを見せつつ、少女のプレゼントのハードルを引き上げておく。
学院では、基本的に安息日にしか外出が許されない。
そこでアデイラは手紙を送るタイミングを工夫し、少女が外にプレゼントを買い求めにいけないようにしたのだ。
学院に籠りきりの少女に外商をしてくれる店などあるはずもないので、売り場に向かう足さえ封じてしまえば、少女はもはや買い物難民も同然であった。
(さあ、この子はいったいなにを用意してきたのかしら)
自分から話を振ってきたということは、プレゼント自体はなにかしら用意してあるのだろう。
これで肩叩き券などだったら大笑いしてやる、と思いながら、物見高く見守っていると、少女はおずおずと、布の塊を取りだした。
「あの、エミーリア様……」
「まあ、レオノーラ。あなたからもプレゼントをもらえるの?」
「はい。でも、あの、アデイラ様のに比べると、すごく、その……」
みすぼらしいのだろう。
エミーリアは「まあ」と笑って、祝おうとしてくれるその気持ちだけで嬉しいなどと答えたが、その横でアデイラは、
(本人はそうでも、体裁だとか、周囲の人間の評価だとかは、どうでしょうねえ?)
と意地悪な笑みを浮かべた。
が。
「あの。お誕生日、おめでとうございます。これ、私、一生懸命、縫いました」
そう言って、少し俯きながら少女が差し出した布の正体を理解した瞬間、
「――……!」
誰もが言葉を失った。