2:
「あれは……?」
アルテイシアは満足に動かない体で漆黒の太陽から降り立った二人を見た。
このミッドナイトでは絶対的とも言える力を持っていたリプロを圧倒したスケルトンナイト。
それと同じようにして現れたあの少年もまた同等の力を持っているのだろうか?
互いにゆっくりと歩み寄った結果として、彼ら二人の距離は声が届くまで近くなっていた。
「確か……、オルガと言ったか?」
スケルトンナイトが記憶を辿るように少年の名前を尋ねる。
「スケルトンナイト、イマンジュ……だったか?」
オルガは頷く代わりに敵の名を問い返した。
「いかにも。さて、それでは早速そのメノラーを渡して貰おうか」
イマンジュと呼ばれた悪魔の視線がオルガの持っていた金色の燭台に注がれた。
そこには蝋燭が一本だけ立っており、自然界の発火現象とは明らかに異なる様子の炎を灯していた。
根元には数字の『一』を意味する文字が彫られている。
「そちらこそ、……メノラーはちゃんと持ってるんだろうな?」
「ふん」
イマンジュはその反応が気に入らなそうにしながら何もない空間に手を突っ込むと、そこからオルガが持っているのと同じ燭台を取り出した。
シュゥゥゥゥン……。
双方の燭台の橙色の炎からまっすぐに光が伸びて二つをつなぐ。
シュィィィィン……、シュパァァァン……。
爆ぜるような光を放って二つの燭台が消える。
同時に二人のちょうど間に、新たな燭台が出現した。
その形状は今さっきまで二人が持っていた物と同じ。
唯一の違いは彫られた文字が数字の『二』を意味するものになっているということだけだ。
「これで我らのメノラーは一つになった。あれを手にできるのは我らのどちらか一方、即ち勝者のみ!」
それは自分だと言わんばかりにイマンジュが剣を抜く。
ブゥンッ!
オルガもまた剣を鞘から勢いよく抜く動作と共に、魔力で漆黒の剣を作り出した。
それを見たイマンジュが躊躇うことなく仕掛ける。
その顔には既に賽は投げられたと言わんばかりの表情を浮かべていた。
ドンッ!!!!
地面が爆ぜ、音速を超えたイマンジュがオルガに迫る。
「フンッ!」
首を刎ねる軌道に振り込まれた剣。
オルガはそれを姿勢を低くすることでかわした。
お返しとばかりに斬り返す。
「甘い!」
ギィン!
イマンジュとオルガの剣が交錯する。
「いや……、甘いのはお前だよ」
「……なんだと?」
スッ、バキッ!
「――!」
一度は受け止めたはずのオルガの剣。
それが突如としてイマンジュの剣をすり抜け再加速した。
そのまま骨の体の左肩から先を斬り落とす。
「ぐっ……、まさか”転化”かっ!」
失った腕でカバーできなくなった方向を警戒しながら、イマンジュはバックステップで大きく下がった。
その顔からは先程までの余裕が消え失せ、焦りの色で満たされている。
転化。
この言葉が指す現象は多くあるが、ここでイマンジュが言ったのは魔力で作成した剣の物理干渉性を瞬時に切り換える技術のことだ。
これを使うことによって、都合に合わせて物体を受け止めたりすり抜けたりすることが出来る。
単純に魔力剣に物理干渉性を持たせるだけならば難しくはないが、転化は難易度が桁違いに跳ね上がるため超高等技術とされている。
それを戦闘中の一瞬で行うとなればなおさらだ。
格下だと思っていたオルガの予想外の技量に、イマンジュは不用意に仕掛けた自分の失策を悟った。
傷はこの戦いを終えれば即座に癒せる。
だがそれはあくまでもこのオルガに勝利してメノラーを手に入れることができればの話だ。
近接戦闘を主軸とするイマンジュにとって、左腕の欠如は極めて不利な要素となる。
一気に畳みかけようと、今度はオルガがイマンジュに向かって駆けた。
「くっ!」
グゥゥゥゥゥンッ! グゥグゥグゥグゥゥン!
イマンジュは距離を取ろうと、先程リプロを貫いたのと同じ暗黒の矢を何本も同時に放った。
鈍い音と共にオルガに迫る矢には、少しだけ誘導も掛かっている。
「くだらないな」
冷めたように呟く。
オルガは鈍い音を立てながら殺到した矢を絡めとるような動作で回避した。
彼の周りを半周回った矢が、今度はそのままイマンジュに向かって行く。
「なんだと!」
慌てて横に跳ぶイマンジュ。
距離を詰めたオルガがそこに斬りかかった。
「すごい……」
痛む体で二人の戦いを見ていたレダが思わず声を漏らす。
リプロの時と同様に彼女達の傷も回復魔法では癒える兆しが無く、こうして観客になることぐらいしかやることがない。
「いったい……、何者なの?」
アルテイシアもまた、自分の知るのとは別方向にハイレベルな戦いに見入っていた。
何かド派手な魔法を使ったりするわけでもない、純粋なスピードとパワーによる応酬。
リプロを殺したスケルトンナイトはともかくとして、もう一人の少年は明らかに人間だ。
その格好から判断すれば、おそらくは異世界からの転移者だろう。
しかしその戦闘力は彼女達が知る従来のチートのレベルを遥かに凌駕している。
なにせリプロを一方的に屠った相手と渡り合うどころか、押してさえいるのだから。
「夢でも、見ているのでしょうか?」
メイドのロゼもまた唖然とした顔でその光景を見ていた。
速すぎる攻防に目が追いつかない。
だがスケルトンナイトが相当に追い詰められていることはわかる。
それほどまでに力の差は歴然だった。
そして数分の攻防の後、彼女達の視線の先で少年がスケルトンナイトを両断した。